【ダイアリ】奇面館の殺人(下)とか。

僕はミステリを読む場合であっても、伏線がどうだとか、論理性がどうだとかなんてことを追求しながら読むことをしない。

なぜか。
1回、目を通しただけでは覚えられないし、何度もページを戻ったり、どこに書いてあったかを思い出したりするのが面倒くさいからだ。

だから『しない』ではなく『できない』が正しい。見栄はっちゃいま♪

面倒くさい、と思ってしまうくらいたくさんの大事なポイントをスルーしてしまっているということ。
記述の全てにミステリセンサーをあてていては全然前に進まなくなってしまう。

これは、どんなジャンルの本でも同じ。
だから、全体的な構成や、ストーリーを楽しむ読み方をする。

ミステリでは、あそこに書かれていた記述が、あとからトリックのタネであったことが明かされたりする。
たとえば、
「あなたは以前、こんなことを言っていましたよね」
と、探偵役が、まだ明かされていない犯人に向けて言うのだ。
ここで読者は思うのだ。
確かに、そんな記述があった、と。
もしも、その記述が誰の言葉で、どんな内容だったのかまでを覚えている読者は、この時点で犯人が誰なのかを知ることになる。
早押しクイズでいえば、誰よりも早く回答するようなもの。ひと足早く回答にたどり着くことができるわけだ。

早押し回答してみせることをミステリを読む醍醐味にする読者も多いし、作家側もコアなミステリ読者のこの性質をあらかじめ想定した書き方をする。

僕の場合は、まず間違いなく誰が言ったのかを覚えていない。
なんとなく犯人はコイツっぽいな、というふうに思いながら読むのだけれど、ではなぜそいつが犯人なのか説明しろと言われても論理的な説明はできっこない。
僕はだから、早押しクイズで言えば、最初から回答ボタンを押すつもりがない。
出題者が答えを言ってくれるのをひたすら待っているタイプの読者だと言える。

それで、十分に楽しい。
カタルシスをちゃんと味わうこともできる。

なぜ、僕のような読み方でもカタルシスをちゃんと味わうことができるのかと言えば、作家側が無意識にでも頭に残るようなわかりやすい書き方をしてくれているからだ。

これが下手な作家さんだと、細かい伏線が頭に残らないから、いざどんでん返しのラストに差し掛かっても、どんでん返しと気づかないまま終わってしまう。当然カタルシスを感じることができないから、あんまりおもしろくなかったとの評価になる可能性も高くなる。


大御所ミステリ作家さんは、多くの読者を獲得できたからこそ大御所と言われるようになった。そして多くの読者を獲得するにはコアなミステリ読者だけでは足りない。大衆に受けいられるわかりやすさとコアなミステリ読者をダマすようなわかりづらさを両立させた書き方をしなければならないのだ。

だから館シリーズは時代を経てもなお愛され続ける名作なのだろうなぁ。もちろんそれだけが人気の理由ではないけれど♪

(nono-typewrite)