【ダイアリ】S&Mシリーズとか。

ページ数という価値基準はこの先、どれくらい希薄になるのだろう。
今が底値か、あるいはさらに小さなものへとなっていくのか。

本について〇〇ページという単位の共有は、伝える側も伝えられる側もどちらにとっても効率がよかった。
この場合、両者が1ページはどの程度の分量かということが分かっていなければならない。

しかし、電子書籍はページ数で表すことが基本的にはできない。
任意にフォントや文字の大きさを変えることができるし、それを映すディスプレイの大きさも大なり小なりなのだ。

僕の場合、今現在は7インチのタブレットが読書のメインである。
7インチは新書に近い大きさで、とても読みやすい。
以前は8インチを使っていたけれど若干大きくて疲れるのである。
また、データはそのほか複数の端末で共有しているので、デスクトップパソコンで表示することもあればノートパソコンで表示することもある。
このそれぞれの1画面に表示される文字数は、当然だけれど何倍も違ってくる。

たとえば『今読んでいる本はどれくらいの分量ですか?』と聞かれたとする。
紙書籍の場合は「総ページ数〇〇ページの本です」と答えればだいたいどれくらいの長さの本か想像がついた。
しかし、電子書籍が主流で紙書籍にあまり馴染みの無い人が相手の場合はどう説明するのか。
たとえば、ダウンロードの単位としてはバイトというものがあるので、それが答えとなるのか。
このバイトは、たとえば小説の場合であっても挿入される挿絵などで全然違ってくるし、使っている電子書籍のシステムによって内容外に使っているバイトがプラスされていたりする。
それに〇〇バイトです、と言われてどれくらいのものかピンとくる人もあまりいないように思う。

では、〇〇時間で読める分量、というのが答えになるだろうか。
それこそ個人差があって、絶対基準にはなり得ない。

値段はどうだろうか。
同じ内容でも単行本ベースでの販売か、文庫本ベースの販売かで全然値段が違っているのが現状である。それに値段でだいたいの分厚さが想定できるのも、大手出版社が本の装丁基準を作り、守っていてくれるから維持されていたものである。
電子書籍は、今後そのような出版社主導の『定形』がどんどん崩れていくことが予想される。値段と分量の関係性は今後ますます不安定になるように思えなくもない。

こうなると、もうだいたいの文字数で伝えるというのが絶対の基準となってくる。文字数を言われてピンとくるくらい当たり前の基準となるのならば、これは答えとなるだろう。

果たして、そうなる未来があるのかどうか。
わかりませ~ん。

それこそ、これまでのように本について分量を気にするという考え方が希薄になり、『分量なんてなんで気にするのですか? 変わってますねぇ、おほほのほ』という新価値観が標準設定になるのかもしれないなぁ。

そしてS&Mシリーズの合版本について。
長編10冊が1つの電子書籍として僕の端末に入っている。1冊約6600円也!!
すでに紙書籍で読んだことがあるので、今電子書籍で読んだのがどれくらいのページ数か、というふうに考えることができる。
しかし端末に表示されるのはパーセント表示なのだ。
最小単位は1パーセント。
つまり超巨編も含めた10冊ある長編小説の分量を100分割して表示されるということなのだけれど、たったの1パーセントが本当になかなか進みません(笑)
100パーセントに到達するのは、いつになるのやらやら♪
(2020.5.19-nonora.typewrite)