【ダイアリ】おひさしぶりの返信。

人それぞれ、時間の流れが違う。
に対する価値観は違うし、だからの取り方も人によって全然違ってくる。

おひさしぶりの知人から返信がきた。
僕が以前送信したメールをそのまま添付するタイプの文面。

その日付を見るとおよそ2年前だった。
もう2年も経つのかぁと感慨深い。

不思議なもので、そんなメールのことはすっかり忘れているのだけれど、再度触れる機会に恵まれるとつい最近のような感じがする。もちろんすっかり忘れているのはメールのことであって、相手のことはふとしたときに思い出したりはするヨ。

僕は基本的には無理のない人間関係を信条としているつもり。
親族や職場が一緒などの強制的な人間関係は仕方がないのだけれど、それ以外は無理して付き合い続けるつもりはないと考えている。

だから、僕に対して何か不都合があるのならば無理して付き合い続けてくれる必要はないし、逆に、僕にとって不都合がある場合はこちらから連絡をすることはない。ただし、明確な損害を与えてくるような相手は別として、意図的に絶縁するようなこともしないので、連絡がくれば返すようにはしている。

今回は、2年ぶり。だから説得力がないかもしれないけれど仲良くわいわいできる相手だったりする。間違いなく好意的な関係の相手である。そんな相手がなぜ2年間もあくのかといえば、住まいはかなり遠いし、お互いの日常生活は別にある。当然、優先すべき事項は数多あり、なかなか気が回らない。もしもわざわざという感じで気を回そうとすれば、多少なりとも気疲れのもととなる。
強制的な人間関係ではないのである。
ならば、できる限りマイナス要素を感じるようなことがあってはならない。

だから僕は僕がどれほど相手してほしくても、追加的にメールをすることをしない。
圧迫感を与えたくはないのだ。

もしもそれで一生疎遠になってしまうのならば、それが自然の摂理というか、遅かれ早かれそうなるときはくるだろうと思えるのだ。
逆に、それがもしも必要な人間関係ならば、何らかの形で継続するはずである。

あとわざと返信をせず、心理戦的に追加メールを待つような相手もたまにいる。当然、懇意にしている相手に対してそんな心理戦的なことを仕掛けるような奴とは、そのまんま疎遠になるほうがいい。そういう相手と続いたとしても、必ず何らかのマイナスにもたらされることは明白だから。

だから無理する必要はない。
いい場合も悪い場合も、どちらであっても自然の流れに身を任せ。

とはいえ、仲良くしていた人と疎遠になるということに何も感じないわけではない。
ちゃんと寂しいし、切ない気持ちにもなる。

ただ、そんな負の感情を大事に抱え込み、ぬくぬくと温めてしまうと、日常生活に悪い影響を及す。人間関係でうじうじしてる人って、けっこういるでしょ?
そんなわけで、どこかで割り切らなければならないのだ。
たとえ、その心が本意ではなくとも。

だから、今回はうれしい出来事だった。
とても。
(nono-typewrite)