妹と猫~奥田徹氏が描く、短編小説集~

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タイトル妹と猫
著者奥田徹おくだとおる
表紙【増田佳子ますだよしこ
何か【小説・短編集】
お値段【350円(Amazon kindle)】
出版【Amazon kindle】
売ってるとこ【アマゾン

 

本書は表題作『妹と猫』のほか、合計5篇からなる短編小説集です。
『ヨビダシガカリ』で幕が上がり、『ランチタイム』『ノック屋・その後』『プレゼント』と続き、最後に『妹と猫』で幕が下ります。
表紙絵は本作でも増田佳子さん(油絵画家)が、担当なされています。
ミステリアスな雰囲気たっぷり♪ 目を引くデザインで、物語の雰囲気を高めてくれています。

 

★ヨビダシガカリ★
まず『ヨビダシガカリ』は、あの時の青春を呼び起こす物語です。大人になった主人公が学生時代のアイドル(的な女性)と再会を果たします。そこで何を感じ、何を視るのか、というのがこの物語の主題でしょうか。この女性は突飛でファンタジックな女性ではなく、ミステリアスでありつつも、ところどころ想像ができてしまう等身大の姿で登場してくれます。女性の名前は、中山さんです。いや、正直に言います。ファンタジックでした(笑) 海のシーンとか(笑)

 

★ランチタイム★
続いて『ランチタイム』は、離婚した父と母の間に挟まれた青年の物語です。青年の葛藤はもちろんのことですが、その上で邂逅することになる、とある少女。青年と彼女の掛け合いが絶妙です。ほんとに生きていますね、キャラクターが♪

 

★ノック屋・その後★
『ノック屋・その後』で、前2作とはかなり趣向が変わったな、という印象。前2作は家族や男女のヒューマニズムとでも言うのでしょうか、そのような人間関係から生まれる葛藤を物語の主題としていたものが、一転、探偵小説のような【謎】提示により、この物語は開幕します。
その【謎】の正体を追いかけることでこの物語は進むのですが、しかし、話半ばに差し掛かったころに、ほんとのところいったい何が【謎】であったのか、という置換現象が生じます(※あくまでも乃楽の私見)。答えはそこにあって、問題こそが別のところにあった、というような。難しいですね(笑)  そこは、これ、読んで感じてみてください。

 

★プレゼント★
『プレゼント』。本作5篇の中で、もっとも短い物語。
この物語は【観察】という視点ですね。主人公の目を通して、読者が映像をのぞく、というような作風です。
主人公は存在し、そこに主体はあるんだけれど、そのことに大きな意味はないという感じがします。
たとえば、この物語に読者が何らかの葛藤を感じるとすれば、それは読者自身の葛藤であるのだろうし、何も感じないのならばそれもまた読者の実生活の投影なのだろうな、と思います。
光景の切り取り方が、さすがは映画監督的だな、なんて思ったのは、僕が、奥田徹氏が映画監督であることを知っているからなのかもしれないけれど(笑)

 

★妹と猫★
そして本作の目玉と言っても良いでしょう『妹と猫』です。
実に本作の分量の半分をこの物語が占めています。それだけにシーンの数も多く、最も読みごたえのある作品でした。
ひとつの家族を、兄と妹、の掛け合いで描きあげた物語。
とにかく妹のキャラクターがものすごく良い味を出しており、物語をぐいぐい引っ張って行ってくれます。この妹の雰囲気がどのようなものなのか、という興味だけでも読む価値は十二分でしょう。
その妹の奇想天外さは、ともすれば危うさを常にはらむ類のものであります。この妹だけの登場であったのならば、読者に大きなストレスを感じさせてしまうものなのかもしれない。そこを兄のひょうひょうとした、しかしほんのり思いやりを感じさせる独特の雰囲気が良い塩梅で溶け込んでいきます。
それと、そこに勝又かつまたさんーっ!! が割って入って、さらにぐいぐい良い味出してきます♪

また、本作は表題に『猫』とあるように、猫が登場します。
この猫が、物語に不思議な感覚を差し込んでくれます。ファンタジックというほどに突飛な非現実性ではなく、あくまでも現実的な幻惑とでも言いましょうか。誰もがる勘違い、あるいはただの記憶違い、夢現ゆめうつつ。はたまた本当に説明ができない怪現象だったのか。そこのところがぼんやりとして分からない。分からないまま話が進むのです。これは、いわゆるマジックリアリズムという手法のひとつで、僕がもっとも好む、さりげない現実的ファンタジーな部分でありました。

 

★奥田氏イズムとは~乃楽の勝手な見解~★
さて、ここまで好き勝手私見を述べましたが、ここからは、これまで以上の私見を述べることで本項を締めくくろうと思います。
本作もまた、奥田徹氏のイズムが感じられる作品の数々でありました。
では、奥田イズムとはいったい何なのだろうか、と考えてみたところ(もっといろいろあると思いますが、ひとまず)、次のような点が思い浮かびました。

読み易さ
描写の的確さ
男性の葛藤
魅力的な女性

 

まず①の【読み易さ】ですが、この読み易さは何からくるのだろうか、という説明が必要だと思います。
これは書き手側は常に意識なければならないポイントであります。
一般的に、読み易い文章の理由としては、『綺麗な文体だから』『難しい漢字が出てこないから』『奇抜な言い回しが少ないから』というふうに認識されているのではないでしょうか。
しかし小説の読み易さの要因とは、ほぼその点にはないと言っても言い過ぎではないでしょう。

では何が要因なのかと言えば、それは情報提示の仕方にあります。
ここで言う情報とは物語に出てくる設定全てのことを指します。

僕達読者は、小説を読み始める前に、頭の中に1枚の白紙を用意します。そこにはまだ何も書かれていないため、当然何の情報もありません。
物語を読み進めることで【どのような世界観で】【どのような時代で】【どのような登場人物が】【何を問題にして】【どこへ進み】【何をするのか】などの情報が順番に、その白紙に書き込まれていきます。これが『読む』という行為のメカニズムです
ただし、僕達はそんなメカニズムを意識することもなく、ただ文字を目で追っているだけで無意識的に情報整理をする習慣が身についているものです。だからこそ、ごく普通に物語が理解できるようになっています。

とはいえ、僕達の脳はさほど理解力に長けているわけではないことは、たとえば学生時代の歴史の授業などを思い出せば分かります。
歴史の教科書といえば、歴史上の人物の物語の羅列と言っても過言ではないくらい、『誰が』『どの時代に』『何をしたか』が書かれています。
ある意味では小説と同じような構造と言えなくもない。
しかし、歴史の教科書を一度見ただけで『誰が』『どの時代に』『何をしたか』の全てを把握できた人がどれほどいるでしょうか。
その一部を理解し覚えられたとしても、その他の大半の内容は記憶の端にも残らなかったのではないでしょうか。

では、なぜ記憶の端にも残らなかったのかと言えば、見開き1ページに詰め込める分だけ多くの情報が書き込まれてしまっているからです。
教科書は一度見ただけで理解するという観点からすれば、明らかに僕達一般的な頭脳のキャパシティーを超えた情報提示であったわけです。
ですから、わざわざ復習をし、情報を勉強時間で引き伸ばすことで、それを個別に覚えていく、というテスト前の作業が必要になってくるわけです。

小説の場合、学業目的でもなければ、むしろ覚える気などない、というスタンスでいますから、ごく自然な形で読者の頭の中に情報が浸透するような書き方をしなければなりません。

であればこそ、情報量の調整とその提示の仕方がものすごく重要になってきます。読者が意識することなく頭に入ってしまうようにしなければならないのです。

実は読み易い文章に触れると、これをさも簡単に行っているように思えますが、非常に高度な文章力を必要とします
むしろ説明を詰め込めるだけ詰め込むという文章作成は簡単で、文章のあまりうまくない作者は、ワンシーンに色んな情報を詰め込みがちです。ともすれば、どれが誰の特徴の話だったのか分からなくなったり、会話文が誰の話している言葉なのかも分からない、などという混乱を生じさせ、結果、理解不能な作品として、本を閉じられることとなります。
この①の読み易さの説明に、多大な文字数を割いた、僕の支離滅裂な文章が良い例ですね。
奥田氏は、このどんな情報を、どの順番で提示するのか、というバランス感覚が長けている、というのが僕の持つ印象です。

 

次に②【描写の的確さ】なのですが、これは彼が映画監督をしているからなのか、生まれ持ったセンスなのかは分かりませんが、シーンをどのスポットから見るか、という選択が上手いということです。
たとえば、映画の場合はカメラのレンズを通してそのシーンを撮ります。その際、シーンを360度、どの位置から撮るかで物語の見え方は全然違ってきます。
全体が映るように撮るのか、ある人物の背中越しに撮るのか、前から撮るのか後ろから撮るのか、上から撮るのか。その選択は無限であり、かつ自由であればこそ、制作者のセンスが大いに問われる部分でもあります。

小説も同様で、シーンをどこから見た書き方をするのか、ということをまず決めなければなりません。

ただし、この点で小説執筆と映画撮影には大きな違いがあります。
映画の場合はレンズに映ったものは全てが映像として視聴者に提示されるのに対し、小説の場合はレンズの中に映ったものの中の一部しか読者に提示できない、ということです。
というのも小説の場合は、レンズに映ったモノの全ての説明をしていては、どれほどの文章量を要するのか分かったものではないからです。そんなものを詳細に提示されでもすれば読者はうんざりして読む気が失せてしまうというもの。
つまり、小説制作は、どの位置からシーンを撮れば良いのか、を決めた上で、そこから撮ったシーンのどの部分を読者に見せるのか、という二段階の詳細設定を必要とします
それこそレンズに映る多くの小物の中のたった1つを提示することで、そのシーンの雰囲気の全てを読者に感じさせなければならない。これは本当にセンスのいることで、難しいテクニックであると感じます。
奥田氏イズムはこの点でもハイセンスである、というのが僕の印象です。

 

そして③『男性の葛藤』と④『魅力的な女性』については、思いのほか①②の文章が長くなってしまったので、氏の他の書評の時にでも、と思います(*´▽`*)テヘ

あと、350円って安すぎやしませんか(*ノωノ)

注:上記、商品販売ページはすべて電子書籍での販売、となっております。媒体はAmazon kindleですので、端末やアプリについてもよくご確認ください。免責事項にも記載しておりますが、読者様が万が一間違えて購入なされたとしても当方は一切責任を負いかねます。悪しからず。
(2018年10月9日執筆)

“妹と猫~奥田徹氏が描く、短編小説集~” への2件の返信

  1. 奥田徹

    乃楽りくさん。
    凄く長文の感想、ありがとうございますっ!
    本当に嬉しいです。
    「奥田氏イズム」興味深く読ませていただきました!
    乃楽りくさんの読み方がきっと素晴らしいんだと、感動しました。
    素晴らしいです。

  2. nora-riku 投稿作成者

    お久しぶりです、奥田さん♪
    読むの遅くなってしまいました。
    アナログレコードも気になっているのですが、ひとまずは短編から少しずつ読み進めて行こう、ということで昨日購入したのですが、一気に読み終えてしまいました。
    5篇の並び順も絶妙ですね♪
    いち読者として、いろいろと著者にしてやられた、という感じです。
    また作者側視点としては、読むたびに良い刺激をもらっています。
    こちらこそありがとうございました(*’▽’)b

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