【エッセイ】短編を執筆することの、大いなるメリット2

創作のネタはどんなときに思いつくのか?
そんな疑問を持つ人は案外多い。

僕の場合、文章を書いているときに思いつくことが多い。
頭が全力で執筆に向いているし、自ずと頭が思いつきやすい形になっているのだろう。
けれど、この場合、そのとき執筆している文章の続きのネタを思いつくということではない。
全く別の内容についての構想を思いついてしまうのだ。
これが本当に多い。

そうなると困ったことになる。
今書いている文章と、新しく思いついた構想が同時に頭の中で踊ってしまうのだ。

もしも新しく思いついた構想をひとまずおいておき、完成したら考えようなんて思っていると、忘れてしまう。
ではメモでもしておけば良いのかと言うとそう簡単な話ではないのだ。

というのも構想を思いつくといってもそれはぼんやりとしたほんのちょっとしたもので、それを使える段階の構想メモとするにはそれなりにしっかりと向き合う必要がある。そしてぼんやりとしたものがハッキリとする程度には集中して考えなければならないのだ。
すると、今書いていた文章が完全に停止することになる。
そのくらいの停止どうってことないのでは? と思われるのかもしれないけれど、一度完全に書く手を止めてしまうと再開に要するエネルギーがそれだけ大きくなってしまう。

これは、新しく書いた構想の方が鮮度がよく今すぐ書きたいという気持ちが強いため、その欲求を抑えて前の文章に戻るというのに相応の精神エネルギーを必要とするからだ。

脳というのは、意図とは別に働いてしまうのだ。制御するのはなかなかに骨なのだ。

これが自分以外の誰かから強制的に締め切りを設けられたものであったのならば、前の文章に戻るのは容易いのかもしれない。しかし、自発的に書いている文章の場合は、なかなかにツライ。
そのまま新しい構想の文章を書きはじめてしまうほうがよっぽど気が楽なのだ。
すると、ますます前に書き進めていた文章が遠いものとなり、そのままお蔵入りになる可能性が高まるのだ。

どちらかを取ればどちらかを失ってしまうような、そんな二者択一な状態に陥ってしまいがちなのが僕の脳の造りのようだ。

そのため、長編を書いていると、しばしば別の物語の構想が思い浮かび、手が止まる。あまり長い間手を止めると元に戻れなくなる自分を知っているので、別の物語の構想はそこそこにして戻ろうとする。するとどちらとも中途半端な状態となり、どちらも完成させられないという最悪の状態に陥ることが多々あった。

この僕の弱点をなんとかしなければならない、と考えていた。

この弱点を回避できるのが短編執筆なのだ。
書き進めている文章と、思いついた構想のどちらもが破綻するということが、短編執筆の場合はあまり起こらない。
なぜならそのままどちらかを一気に書き上げてしまえば良いからだ。
1日程度で書けそうな構想ならば、すぐに戻って来れるし、それで片方の案はすでに形になっているので頭の中から排除することができる。
また考えるべき文章が一点に絞られることになるので、すぐに元の文章執筆を再開することができるわけだ。
もちろん、思いついた構想のほうを先に終わらせる必要はない。ある程度の具体的な構想をメモした状態で元に戻っても良い。
なぜならば元の文章も1日か2日程度で書けるものだからだ。

もっと言えば、元の文章を書き終えても、すぐに次に書くものがあるので、むやみやたらと達成感に浸ったりダラダラしたりすることがなく、時間を無駄にすることがなくなるのだ。

これは短編書きと腹を括ったればこそのメリットだと思う。

(nono-typewrite)