【エッセイ】『しなければならない』VS『怠けたい』のゆくえ!!

 

『~をしなければならない』と意識的に思わなければならない事柄は少なくない。

学校の試験勉強はこの最たるもの。
→テスト勉強を頑張らなければならないというわかりやすい目標を掲げられる。
→学校の成績が悪ければ、将来社会に出てからなんとなく不利になるかもしれない、という不利益も想定できるし。
だから十二分に『~しなければならない』事柄となるわけである。

ただ、これには強制力がない。
それに不利益が想定できるとはいえ、その不利益を明日明後日に受けるというようなこともない。もっと言えばその不利益も確定的なものではないのだ。
よって、怠けることが可能な事柄ともなる。

――――心の中でカンカーンとゴングが鳴った。
心の中で突如開始される殴り合い。
『しなければならない』VS『怠けたい』
対決は一進一退の攻防を繰り広げる。
『しなければならない』が渾身の右ストレートを繰り出せば、『怠けたい』は「全力で俺を殴ればお前のその右腕が痛むぞなぜなら俺はお前だから」との詭弁を弄してその腕を停止させる。
積極的に攻撃にまわる『しなければならない』の殴打乱舞。
それを憎らしいくらいの詭弁を以って途中静止させる『怠けたい』。
まるでシャドーボクシングをしているかのように、打撃はどちらにも当たらない。
これでは、決着などつくわけがない。
あほかっ!
さておき、互いが「お主ツワモノ!」と相手を認めざるを得ない状況。
やがて膠着状態となりどちらの陣営も、違う手を考えなければならなくなる。
そうして両者が同時に講じる一手が、みなさんお馴染み『とりあえず掃除!』なのだ。
ひとまず殴り合いをやめ、しなくてもいい掃除をすることで問題との距離を取る。そうしてお互い牽制し合うというとっても腹黒い作戦だ。
こうして掃除が終わるまでは仮初の平和が続くことになる。
しかし、仮初なのだ。
闘い再び、である。
右ストレートを放つ。詭弁でかわす。
詭弁を弄する。左ストレートで牽制。
次は連続詭弁だ。しかし右フック、クロスカウンターだ。それを予測してすでに詭弁。
ジャブ、詭弁。
詭弁、爽やかな汗。
ものすごい攻防。
見ごたえのない闘い。
見ていて恥ずかしい。
そうして終了のゴングが精神に響き渡るのであった。

結果。
気づけば、しなければならない『時間』がなくなっており、『怠けたい』が勝利をおさめることになるパターンが多い。
しかしこの『怠けたい』の勝利は、所詮は練習試合での勝利にすぎなかったり。
のちの本番での大敗で『後悔』という勲章へと変化する。
めでたしめでたし――――


何事も万全の状態で取り組みたい、と思うのは当然のことである。
けれど、実際『しなければならない』というときに、タイミング良く万全の状態であることは限りなく少ない。
たいていは何らかの不都合をかかえた状況下において『しなければならない』タイミングが重なってくるものである。
たとえば僕の場合は「さぁデスクワークをしよう」と気分が乗ってはじめようとすると「ものすごく眠い」。万全の状態のためにひとまず寝ると「さぁデスクワークをしよう」という気分も冬眠してしまい、しなければならないことが後回しになってしまいがち。

万全の状態で事に取り組める可能性は、限りなく少ないと考えた方がいい。
万全の状態でなければ何も行えないようになってしまうと、それだけ将来完結できる事柄も激減するということ。

不調な状態、あるいは不都合な状態のときに、事に取り組まなければならないというようなタイミングが圧倒的『通常』であり、このタイミングで平然と事を完遂できる人は、それだけ完結機会に恵まれると言える。
そういう人はそれだけ達成を積み重ねられるし、結果的にいい方向へと向かえる可能性は高いと考えられる。

まぁこれ、当然のことだけれども……。
それがわかっていても万全の状態でなければなんだかやる気がおきない、というのが神より与えられし凡人の普遍的アルアルなのだ。
抗い難し。
諦めよう。
そうして今日も、しなくても良い部屋の掃除をするのである。

ふと思う。
これだけ掃除をしてもしても部屋が散らかっていくのは、きっと『怠けたい』ための環境作りがため。
つまり『怠けるための万全の状態』作りなのではなかろうか、と。
どうやら僕は『怠けなければならない』だけは万全の状態で行えるようにできているらしい。
残念でならない。

あぁ、乃々、環境整え症候群に苛まれ。。。
(文・乃々)