【エッセイ】韓国探訪記④~蠱惑編・続々~
【前回のあらすじ】
老人がそこにいないのにも拘わらず、シルバーシートから重い腰を上げ、「どうぞお座りください」と言ってしまうほどの心優しさを持ち合わせる僕が、しかし『ならば最初からシルバーシートに座らなけれ良いではないか!』との心無い人からの正論を受けるも、「ニホンゴワカリマセーン」と、都合よく韓国人のフリをしてこの危機を逃れることに成功。
しかしこの危機はまだ真実の危機の序章にすぎなかった。
見目麗しき女性がそこにいないのにも拘わらず、女性専用席を指さし「あなたのような心の綺麗な女性が座るべきだ」との心温まる発言をしてしまう僕が、しかし『すでに大阪のおばちゃんが座ってるけど、それはどうなの?』との心無い人からの冷酷な疑問を受ける。大阪のおばちゃんの心の美しさを熟知している僕にとって、そもそもこんな疑問が生じることが不思議であった。が、どこか誰かの疑問には応えねばなるまいと思うのが責任感溢れるワンダフルな僕である。しかして、これには澄みわたる心眼を有する僕とてさすがに困った。大阪のおばちゃんがどの人を指して言っているのか分からなかったからだ。そう言われた上で見てみると、確かに全員が大阪のおばちゃんに見えてくる。
頭髪が同じようにもこもこしているからだ!!
そうこう右往左往しているうちに聡明至極な僕の脳が、はたとキラメキを見せる。
『そういえばここは韓国だった!』
大阪のおばちゃんなど、そもそもここにはいないのだった。
しかしこのことでとある真髄が隠されていることに、性格とかが特にスバラシイ僕だからこそ気づいてしまうのだ。
『おばちゃんが大仏ヘアーを選択してしまうことにお国事情は関係ない。人としての本能だ!』
そんな故郷を思い出してやまないカジノまでの心温まるの道のり、とは真逆のカジノまでの凍てつくような道のりの話をしたような気がする。
では話を続けよう。
韓国人がカジノに入れない以上、カジノに入るためには海外国籍であることを証明することが必須事項である。ゆえに、パスポートを提示し会員証を作らねばならない。
日本のドラッグストアのポイントカード作成時にですら最大限の警戒心を漲らせるほど、事前対策に抜かりない頼りがいのある僕である。当然のように僕の警戒心はリンリリン☆と警鐘を鳴らすも、一緒に行った友人があっさりと情報提示するものだから、あわてて書類に住所などを記入。
のち、カウンターの綺麗な女性にパスポート写真と実際の僕の顔を見比べられ、結果眉間に皺を寄せられるものの、なんとか本人であることを認められた。
何かが不満であったようだ。
それが僕には不満であった。
しかして目的はカジノである。
僕はカウンターの上に「好みデス♪」と言ってもらえなかった不満を置き去りにし、内部へと突き進むことにした。
雰囲気は異様である。
その理由にはいくつかあるが、一つは国際色豊かということ。顔ぶれが多国籍なのである。
一緒に行った歴戦のカジノ師の話によれば中国人が多いらしい。その他欧米系の人はほんの少しで、とにかく東南アジア系の顔ぶれが多いように見受けられた。もちろん日本人も見受けられる。
スロットマシーンの他、卓上でディーラーを前にお金をじゃんじゃん浪費するルーレットやブラックジャック、ポーカーなどのゲームが用意されている。空間の大きさは市民体育館ぐらいのもので、そこに卓球台か、それよりいくらか大きな台がいくつも並んでいる。
それぞれの卓を椅子が囲み、座ってゲームに参加している人、その後ろで立ち見している人たちでごった返している。
僕はその後ろからその様子を見ているわけだ。
よくテレビゲームなどでレオタード姿にウサギの耳をつけた美女がカジノに登場しがちだが、実際には存在しない架空の産物であったようだ。皆ちゃんとシャツにベスト着用、当然、うさぎ耳を着けてはいない。だからといって猫耳を着けている人ならばいる、というわけではない。
ブラックジャックを見ている時だった。
東南アジア系の男が訳知り顔でディーラーの手札を指さして言った。
「◎▼◇▽◆df08あf#&%’$&%」
それを受けて連れらしき男が頷きながら、
「$’%&’)()’$%&」
としたり顔で返事しているではないか。
僕は驚いた。
僕はブラックジャックのルールを知っている。その上でディーラーの手札『A』を見て考えれば、彼らがたぶんこんなことを言い合っているのではないかと想像できたからだ。
「Aって顔文字の口の部分に使われるよねぇ」
「( ゚A゚;)な感じでしょ?」
東南アジア訳知り顔の彼らのこの会話が何を示すのか。
僕なりに考えてみた結果『( ゚A゚;)』のところから、ディーラーがいち早く仕事を終えて帰りたいという心理状態であることが分かった。確かにお友達とお誕生日会などでトランプゲームをしているわけではないのだ。あくまでも仕事。ゆえに面白くもなんともない。早く帰りたい。当然だ。
席が空いた。
でも、いち早く仕事を終えて帰りたいというディーラーの心理を知ってしまった心優しい僕は、その席に座ることができなかった。
『開店休業→早め閉店』というディーラーの期待に応えたい。
すごすぎるぞ、果てしなき思いやり!!
けれど、その席には僕と一緒に行った連れが座ってしまった。そいつは非情な奴なのだ。盛大に負けるがよろしい(笑)
ゲームはほぼ手仕草のみで意思伝達を行い、進行する。しかしディーラーは決まって記憶に深く刻まれるような『良い声』をしているのだ。採用の必須事項なのだろうか。
連れは足を組んで座り、失礼にもディーラーに対して斜に構え「ベテランですが何か?」と言わんばかりの傲慢な顔をして、しかし緊張に震える手で覚えたての手仕草をなんとか無事披露できていたようだ。
ではこれより、そんな見栄っ張りな知人とディーラーによる、ブラックジャックのせめぎあいを見ていただくことにしよう。
ディーラーは男性だった。ここでは理解しやすいように『ぽんたん』という仮名で彼を呼ぶことにしよう。
ぽんたんの年齢は30代半ばぐらいであろうか。わかり易く童顔である。しかし美形というわけではない。相まって表情は頼りなさげに見え、弱々しい人という第一印象であった。
ゆえ、
『楽勝だ。これならイケる』
きっとぽんたんを見た誰もが思ったことだろう。
しかしここはカジノだ。誰もがポーカーフェイスの聖地であることを忘れていた。否、忘れているのではない。ぽんたんのその弱々しい雰囲気のせいで忘れさせられているのだ。
観客を含むその場の全ての人達が、すでに、ぽんたんの術中にハマってしまっていた。
だが、この中でただ一人、ぽんたんの術に落ちない男がいた。
『あんぽんたん』だ(僕の連れ)。
あんぽんたんは初めての緊張感からか、ぽんたんのことを見る余裕すらなかったのである。 結果、ぽんたんに対して印象を抱くことができなかったのである。と、僕はそう思っていた。だか、そうではなかったのだ。なんと、あんぽんたんの視線は向こう側の通路を行き交う女性の胸元に釘付けであったのだ。もぅ、おバカッ!!
如何にせよ、ぽんたんとしては常套手段であるゲーム前の精神掌握に失敗した形となった。よって、純粋に運と度胸での勝負がここに開幕したのである。
ぽんたんが滑らかな手付きでカードを配る。
配り終えると、オペラのアルト歌手のごとく重低音の良く利いた『美声』で、
「#&$%&’&($’」
と言った。何を言っているのか分からない。流れから考えて ゲーム進行上の定型的手続きなのであろう。
そしてぽんたんが、あんぽんたんの目を見つめる。
ここに、ぽんたんとあんぽんたんの精神のせめぎあいが始まったのだ。
ゲーム中は、互いに無言であった。手仕草で意思を伝えるまでに、相手の思考を読もうとするような沈黙の間が伸びる。
きっと二人は、以下のような『心の会話』をしていたと思われる。
「ふふふふ、実はここ3日間お風呂に入っていないんだよ。すごいだろ? なんでか分かるかい?」
「分からん。そんなことより次のカードの目が知りたいっ!」
「ほほぅ、そうだろぅ、知りたいだろぅ。では教えてあげようではないか。ふふふふ」
「う~ん。出目は悪くないしなぁ。かといってめちゃくちゃ強いというわけでもないし。ここは勝負に出るべきか否か……お金が賭かると、うぅん悩むんだよなぁ……」
「見てみろ。あそこにグラマラスな女性がいるだろ?」
「えっ、どこっ!!」
「ふふふ、ゲーム中に集中しなくて良いのかなぁ~?」
「や、野暮なこと言うでないっ。おっ、あの女性か?」
「ふふ、あんぽんたんもなかなかにお目が高い。しかしその女性ではない。その女性からさらに左の」
「分かったぞ。あの背の高い」
「違うっ。あれはただの美男子だっ。貴様、両刀使いかっ!! もっと左」
「うぉぉぉぉぉぉ!!」
「ふふふ、最初から彼女に決まっているだろう。一目瞭然なグラマラスむんむんなのだよ」
「おぉぉぉぉぉ!!」
「3日前のことだったよ」
「おぉぉぉぉぉぉ!!」
「私は」
「おぉぉぉぉぉ!!」
「うるさい。聞けよっ!」
「す、すまない、つい」
「まぁその気持ち分からないでもないがな。ごほん、でだ、恥ずかしながら私はこれまで女性というものを知らなかった。そんな私が3日前にとうとう女性を知ることになったのだよ」
「き、貴様っ! 羨ましいっ!」
「ふふ、まぁ最後まで聞きたまえよ。その日私は仕事を終え、更衣室で着替えた。少し小腹が空いたので食パンを取り出しイチゴジャムを塗った。腕時計を見ると電車の時間が近かった。私はパンを咥え更衣室を出た」
「ま、まさか、それは、まさか」
「ふふふ、そのまさかだよ。更衣室を出て最初の廊下の角で」
「ドンッ!」
「御名答! はぁ柔らかかったなぁ。あの幸せなふわふわが今も私の肩から右腕にかけて残っているようだ。こんな状態でお風呂に入れると思うかい?」
「思えないっ!」
「そうだろうそうだろう」
「ヨシ、僕もいついかなる時でも角で彼女とぶつかれるように、食パンを準備しておくことにしよう」
「そういうことならば、仕方がない。これを使って買いたまえよ」
「え、い、良いのか? それはぽんたんの大切な商売道具!!」
「ふふ、良いのだよ。こんなチップ、いくらでも手元にあるのだよ」
という『心の会話』があったに違いないのだが、しかしこればかりは本人たちに確かめてみないことには絶対とは言い切れない。
気づけば、我が連れ『あんぽんたん』はディーラー『ぽんたん』から、パンを買うためのものなのか、勝負に勝ったがゆえのものなのか、いずれにせよ1枚のチップを差し出されていた。
これぞビギナーズラックなのか。
そうして再び、ぽんたんが滑らかな手付きでカードを配り、ぽんたんとあんぽんたんの心の会話、もといゲームは続く。
結局、独り暇を持て余すことになった僕は仕方がなくルーレットの台に行くことにした。【またまたまた続くヨ】
(nono-typewrite)