【エッセイ】韓国探訪記⑤~蠱惑編・続々族~
【前回のあらすじ】
また抜けた。またまた抜けた。
次々に抜け落ちていく髪の毛。
束でごっそり落ちるわけではない。一本一本、ちょっとずつ、ちょっとずつ落ちていくのだ。
ゆえに、持ち主に「まだまだ全然ダイジョーブイ(*’ω’*)v」との取り返しのつかない誤解を与える。
歩み寄る脅威に、キヅカナイ、キヅケナイ。
結果、ケアの必要性を見過ごした持ち主は「そういえば最近涼しくなってきたなぁ(首より上が)。温暖化温暖化って問題視するけれど、ほんとうかよっ(笑)」との幻惑的達成感を抱くことに。
そうしてある日、ふと気づくのだ。
排水溝に絡む9本の髪に。
1匹のゴキブリを見たら50匹はいると思え、などと言うように、排水溝の髪の毛を1本見たら、2万本はあると思え。
それでも現実を受け入れられない現実。
独り暮らしであるのにも拘わらず、自分ではない誰かの髪の毛に違いない、と思い込もうとするのだ。
研ぎ澄まされし自己暗示。スバラシイ!
ゆえに、誰も入れたことのない部屋の、その排水溝に絡まる髪の毛は誰のものでもない、という事実をこの信心が作り出すのだ。
そうして日々を安穏と生きたその男は、いつしか自己暗示をかけたことすらも忘れ、排水溝に絡まる髪の毛を見つけ、こんなふうに思ってしまうのである。
誰の髪の毛だ?
と。
そう思ってしまった瞬間、伸びるはずのない髪の毛が、排水溝からわらわらと伸び始めるではないか。
突如、明滅し始める電灯。
途切れ途切れくり返される不穏な暗と明の視界。
無音。
否、わさわさと髪の毛が膨らむ奇妙な音のみが身体にまとわりついてきた。
男はあっという間に恐怖に支配される。
焦るハゲ男。
慌てて洗面所の扉を開けようとするも、なぜか開かない。鍵などない仕様であるというのにも拘わらず、鍵がかかっているかのようだ。
否、
違う。
ありえない。こんなことはありえない。男の全身をぞわりとした怖気が走った。
なぜならば。
扉に全体重を乗せて押し開けようとしたとき、弾力のような感触を受けたからだ。反発。そう、扉の向こう側から誰かが開けまいと扉を圧しているかのような。
誰か、いる。
誰かが、いる。
いないはずの誰かが。
誰だっ!
焦る男。
今度は、背後に。
ざわざわと濃密な気配が立ち上った。
振り返る。
人が立っていた。
そうではない。
それは髪の毛の集合体。
排水溝から伸びた髪が、男より巨大な人型を形成していたのだ。目と口の部分だけが空洞となり、いびつな笑みを浮かべているように思えた。
その瞬間、巨大な何かが男に覆いかぶさってきた。
男の絶叫は、すぐに髪の毛の束に飲み込まれてしまう。
人型を形成していた髪の毛がさわさわ流れるように解けていく。
静寂。
そして数分後。
その洗面所には男が一人立ち、鏡を見つめていた。
髪に飲まれたはずの男だ。
その 男が、鏡に映る自分に向かって、ぼそりと言う。
「あれ、俺、ふさふさになってんじゃん! 超絶ラッキー♪」
『奇跡の頭髪再生劇場・完』
というような排水溝の髪の毛が再び元通りに戻る、起死回生頭髪ふさふさ再生劇は、あまりにも夢を見すぎだバカヤロー。しかし頭髪ふさふさを夢見る気持ちは男ならば誰もが理解している。でも諦めなさい、というような読者諸氏のヒンシュクを買うようなお話を前回はしなかったはずだ。
では続けよう。
ルーレットゲームとは簡単に言うと、ルーレットで遊ぶゲームだ。
失礼。
簡単に言いすぎました。
ルーレットは0と00を含む38個の数字を使い、ぐるぐる回るルーレットに白い飴玉のような球を回し転がして目を回した頃に止まった数字が『当たり』となるゲームだ。
さまざまな賭け方がある。
たとえば『8』がくる、と思って『8』に賭ければ理論上では1/38の確率で的中することになる。ルーレットゲームでは最も確率の低い賭け方であるため、この的中が一番配当が良い。
また、数字には赤と黒の色分けがされており、赤か黒かだけを当てても良い。その場合は1/2の確率で的中することになり、当然配当が低くなるという単純な仕組みだ。その他、いくつかの賭け方があるのだが、その全てが必ず確率と配当が連動するようになっている。
これなら僕にもできるかもしれない。
僕は席が空いたので座ることにした。
ディーラーがにゅいっと僕を見てくる。
妙齢の凛とした女性だった。
僕はすかさず目をそらす。
「アニュぅ?」
あにゅう、そんなふうに聞こえた。意味不明。
たぶん、タダで座るとぶっ殺す、とでも言いたかったのであろう。目を合わせなくて正解だった。
僕はなけなしのウォンを取り出し、ディーラーに差し出した。しかし、ディーラーはツンとした表情で台の上をドンドンと叩いて受け取ろうとしない。
それは、手渡しの拒否だった。
どうやら、彼女は即座に僕がスバラシイ紳士だと見抜いてしまったらしく、そんな僕からお金を手渡しされると照れてしまうと判断したのだろう。なるほどポーカーフェイスという言葉はカジノでこそ最も映えるもの。彼女のツンとした無表情は、あくまでも仕事用だったのだ。
僕のスバラシさが彼女の仕事の邪魔になってはいけない。
そういう空気を読めるからこそのスバラシイ僕である。彼女の苦肉の要望に応え、ウォンを台に置いて手を引いた。
すると彼女は積み上げ並べ置かれたプラスチック製の円盤のうち、1本をこちらに差し出してくれた。
それは500円玉よりもひと回りほど大きなチップで、それを1枚単位でベット(賭けること)していく。そのルーレット台のチップは1枚250円に相当する。それが20枚ある。ちまちまと1枚ずつ賭けていけば20ゲームも楽しめるわけだ。
隣に誰かが座ってきた。見ると見目麗しき美女であった。
僕の緊張は否応なく高まった。近い、近すぎる。
見てみると、美女の服装はどちらかと言えばみすぼらしいものだった。
僕は思った。あぁ、苦しい実家の経済を支えるため、韓国にまでどこか遠くのお国からはるばる独りでやってきたに違いない。ならばこのルーレットに賭ける思いは人百倍。
苦労人だが彼女は美女だ。そんな彼女に神さまが微笑まないはずがない。
僕の心は決まった。ギャンブルで勝つには、このような一見ゲームとは無関係に思われる運の流れを見つけることにアリ!!
以下、僕と美女とのルーレットゲームの一部始終である。なお二人の会話は日本語で表記するが、現場では互いの母国語で話しているためお互いが何を言っているのかは分かっていない。
僕はチップの全てを美女の前に、颯爽とした紳士的な手付きで差し出した。美女は突然の僕の行動に驚いたように目を見開いた。
「君に幸運の女神の恩恵をミタ。これは僕のかわりに君が賭けてくれたまえ」
「え、見知らぬ人に突然こんなこと……超怖いんですけどー!!」
美女は申し訳なさそうな挙動で、チップを僕の方へと押し返した。
当然だ。突然、僕の人生を背負ってくれとでも言っているに等しい行為なのだ。しかし僕はこれを「どうなっても責任はもてないわよ、それでも良いの?」という、もしもハズれたときの自己防衛的手続きにすぎない行動だと見抜いていた。
チップを押し戻して言う。
「君がハズすなんてことはあり得ない。信じてあげなさい、君自身を」
カッコイイ横顔。
決まったはずだ!!
キュンキュンきただろう。
全く僕という男は罪な男である。
しかし彼女は僕の方を見てはいなかった。
「ディーラーさ~ん、この人なんか変で~す!」
「なんか変な人はご退場願います(怒)」
気付けば僕はSPらしき強面スーツ姿のオジサンたちに首根っこを掴まれ、退場を余儀なくされた。
という嘘のような嘘の話なのだが、実際は美女ではなく、普通に日本人のオジサンが隣に座ってともにチップを順調に減らし、果ては手元がゼロになって、退場を余儀なくされただけであった。
まぁ美女でもオジさんでも、結果は同じようなもの。
残念でありました(笑)
しかしながら日本では体験できない、貴重な経験ができましたとさ(‘◇’)ゞ
(nono-typewrite)