万能帰納法!! すれ違いに隠された真実♪

エッセイ/essay

 犬の散歩をしていると、毎度のようにすれ違う特定の人物というものが発生する
 あくまでも見知らぬ他人ではある。けれども何度もすれ違っていると、お互いが特定人物として認識しているような空気を感じるようになる。
 当然、生活圏が同じだからこそ頻繁ひんぱんにすれ違うわけで、ひょんなことから犬を連れていない時にすれ違うことが生じる。

 昨今は隣近所となりきんじょの人の顔はおろか、名前すら知らないという世情せじょうである。
 その通り、僕とそのすれ違う人は特に表情を変えることも無く、あくまでも見知らぬ他人として通りすぎる。
 しかし内心では、なんというか、顔は覚えているし今後もすれ違うであろうというのに会釈すらせずに通り過ぎるのは少々居心地が悪かった。
 そんな思いを抱えたまま、後日、僕達はまた犬の散歩中にすれ違った。
 向こうも同じように居心地の悪い気持ちでいたのか、お互いほぼ同時に「こんにちは」と言って通りすぎた。

 めでたしめでたし。
 ではない!!

 話には続きがある。
 犬を連れていない時に、またすれ違ったのである。

 たとえば、不審者が夜道を独りふらふら歩いていたら、なるべく近寄らないようにしようと警戒することだろう。警察だってそんな不審者を見かければ声をかけるに違いない。
 しかし同じ不審者が犬を連れていたらどうだろうか。
『犬の散歩をしている人なんだから、危険人物というわけではないのだろう』『悪い人ではないだろう』なかば本能的に判断してしまう傾向にある。
 警察だって見るからに犬の散歩をしているその姿を目にした上で「こんな時間に何してるの?」とは職務質問し辛い。夜中に犬の散歩をしてはいけないという法律などないのだ。
 さもありなん【犬を連れている】という心理的影響はかくも大きいのである。

 果たして、すれ違ったその人は、犬を連れている僕だからこそ警戒を緩めてくれていた可能性が考えられることになる。逆に言えば、犬を連れていなければ、近寄りがたい不審者だと思われる可能性も考慮せねばなるまい。
 だからこそ僕はこんなふうに思ってしまったのである。
 犬を連れていないのに安易に挨拶をするのは、むしろ失礼にあたるのではないだろうか。
 勘違いして馴れ馴れしくすんな、ではなかろうか。
 と。

 十数メートルほど向こうから、こちらへ歩いてくるその人。
 目が合ったような気がした。
 互いに存在を認識したことが分かった。
 そうなってから急に方向転換するのは不自然だ。まだ、このままの挙動不審ながら通り過ぎる方が自然であろう。
 僕はどぎまぎしながら一歩一歩と不審な歩みを続けた。
 どうすべきか。

 思索しさくをめぐらす。
 目を逸らし、口を口笛の形にして陽気演出ぽっぽろぽーで通りすぎるべきか。
 否、そんなことをする必要はない。
 あるぢゃないか、こんな時のための便利グッズが。
 そうだ。文明の利器・スマホだ。
 スマホを見ているフリで通り過ぎよう。
 ポケットを探る。
 あ。
 こういう時に限ってスマホ、家だった。

 そうこうしているうちに、その人との距離が詰まってしまう。
 挨拶した方が良いのか、悪いのか。
 どうすべきか。
 考えろ。
 考えてみた。
 帰納法的きのうほうてきに。

1.以前、僕とその人はすれ違った時に、挨拶をしなかった。
2.以前、僕が犬を連れている時にその人とすれ違うと、挨拶をした。
3.すなわち、その人は犬に挨拶をしたのだろう。

 答えは明瞭簡潔めいりょうかんけつ。論理的思考の賜物たまものであった。
 その人は、僕のことなど認識してはいない。
 その人は、犬のことを認識しているだけだったのだ。
 論にを得た僕は、意気揚々いきようようと伏し目がちに目を逸らし、その人を無視して通り過ぎることにした。
 のに、
「こんにちは」
 とその人はさわやかに通り過ぎて行った。
 僕は振り返り、その人の背中を見て思うのである。

 そう言えば、帰納法から導き出される結論は、必ずしも正論(真実)を示すわけではないということがあったような気がする。
 では今回のケースでの正論とは、真実とは、一体何であったのだろうか。
 考えろ。
 考えてみた。
 帰納法的に。

1.以前、僕とその人はすれ違った時に、挨拶をしなかった。
2.以前、僕が犬を連れている時にその人とすれ違うと、挨拶をした。
3.すなわち、その人は犬に挨拶をする人である。
4.その人は、この日、犬を連れていない僕に挨拶をした。

 なるほど。
 その人は犬に挨拶をする人だと言うことは言うまでもない。
 結論、その人の目には僕のことが犬に見えていたということになる。なってしまう。帰納法的には。

 まったく、とっても失礼な人であるということがこうして論理的に導き出されたのであった(笑)

written by K.Mitsumame

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