紳士とはいえ、一人の人間である。いかな人格の超人と言えども感情というものがあるのだ。
実のところ、正直に言えばごくごく普通の感情がある。だから俗っぽいことを考えもするし、恋だってする。もちろん、休日や雨の日にはごろごろだらだら転がることもする。ただし、これらすべて紳士的にである。
パリッとした感じ。
よくこんな疑問を持つ人がいる。
「そんなに紳士的で疲れませんか?」
その答えはこうだ。
「自分、普通に生きているだけですから」
紳士的なことが疲れる人は、紳士ぶろうとしているだけで紳士ではない。紳士たらんとしようとするその努力は認めるが、疲れている時点で紳士であろうとすることに対して何らかの見返りを求めていることになる。思い通りの見返りがないから疲れてしまうのだ。
その点僕は、全く疲れない。なぜならば紳士だからだ。まさに完璧。素晴らしい。疲れることがあるとすれば、それは紳士的なところとは無関係のただの肉体疲労である、おそらく。
おしむらくは英国という冠をつけられないところである。日本紳士だとか和紳士とかだと語呂が悪いし、なんとなくモッタリしたイメージがする。英国紳士という語感にはすでにスマートなイメージが組み込まれている。英国に匹敵する冠を思いつくことが僕の使命だと思っている。
紳士とはスマートなものなのである。あらゆる物事に対してその決断潔く、結果を常にさっぱりと受け止める。とっても深い懐を隠し持っているのだ。隠しすぎて一体どこに隠したか忘れてしまうほどに。
懐どこ、どこ懐?
そんな時は、ついつい優柔不断なところを見せてしまうかもしれない。しかしそれも紳士だからこそ醸し出せるギャップである。そう、それこそが萌えなのである。
確かに、紳士が萌えなんてアリエナイ!!
と、驚かれるかもしれない。だが紳士は萌えを萌えと感じさせないようにさりげなくスマートな挙動に萌え組み込んでいるのだ。
これこそが紳士業界では知る人とて知らない秘技【紳士萌え】という技術なのである。
たいていの人は『紳士萌え』という秘技が行使されていることには気づかない。ただただ「凛としてパリッとしているのに、あのスマイルは反則💛」としか思わないのだ。
本当の紳士とは萌え要素をも兼ね備え、凛とした佇まいながらも全く壁を感じさせない。接しやすい。むしろ、接して来い恋。ある種、人格の魔術師である、とか言ったらハズカシイ!!
さて、ここからは紳士が実際にどんな行動をしているのか、具体例を挙げて見て行こうと思う。
もちろん登場していただく紳士は僕である。身近な紳士といえば僕なのだから、こればっかりは仕方がなかった。ほんと申し訳ございません(笑)
以前、紳士証明を代弁するかのようなシチュエーションに遭遇した。その時の僕の紳士的対応を感じて頂きたいと思う。読後、あなたはきっと紳士萌えに包み込まれ、とてつもない幸福な気持ちになってしまっていることだろう。 【後編へ続く】
コメント