何を考えているのか分からない、という人が少なからず周囲にいると思う。
どちらかと言えば、否定的な意味合いを持つ表現だ。
あたかも、何を考えているのかが分かる人がマジョリティで、何を考えているのかが分からない人がマイノリティであるような言い方である。
しかしながら何を考えいるのかが表出している人なんてただの1人とて存在しない。あくまでも、想定しやすい人、もっと近い表現をするのならば『掴みどころのある人』、反対に『掴みどころのない人』ということになるのだろう。
ではこの場合の『掴みどころ』とは何を示すのか。
たとえばここに独りの男と一人の女性がいる。
女性はボブカットの可愛らしい面相できゅぴきゅぴしている。一方男は寡黙と言えば聞こえは良いが、まぁようするに暗い雰囲気で、頭髪はツルピカである。
そんな男と女性は数か月前に知り合った。
男は昔から恋多き人であった。しかし地味な見た目で、性格も暗く陰湿で、その上つるつるに禿げてしまった。当然のようにモテない。その自覚もあり、もはや諦めていた。
そんな時に現れたのが、きゅぴきゅぴ可愛らしいその人であった。
彼女はいつも笑顔で話してくれた。
唐突に高まる期待。
男は恋に落ちた。
男は、これが最初で最後のチャンスだと心に決めた。
彼女への告白。
呼び出したのは絶景で名高い海際、その断崖絶壁の上であった。このシチュエーションは男のイマジネーション、そしてロマンチスト魂の賜物である。
男と女性が向き合って立つ。
深き蒼空をカモメの群れが優雅に飛翔してゆく。
眩い陽光をカモメが遮ると、男の禿頭に光と影が連続した。
そして、影は過ぎ、陽光が彼の頭をぴかりと輝かせた。
男は拳を握り、そして愛を告げる。
好きで、
「ごめんなさいっ!」
まだ3文字しかしゃべっていない、その途中で彼女が声を上げたのだ。
男が見ると、彼女が頭を下げていた。
告白すらまともにさせてもらえなかった。
ショックだった。
身体から力が抜ける。
男は、最初で最後のチャンスが終わったことを悟った。
ふらふらと絶壁の端へと近づいていく。
遥か下方では激しい波が白い泡を跳ね上げ、岸壁にぶつかっている。
「ちょっと待って!」
彼女は叫ぶ。男がなにをしようとしているのかが、分かったのだ。
男はしかし、もはや自分の人生に春など来ないことを悟り、絶望の彼方に至っていた。
だから、
男は、
飛び降りる。
「させないっ!」
彼女が男の落下を阻止しようと手を伸ばす。
彼女の動きは速かった。
彼女の手が、男に届く。その頭部へと。
「絶対に放さないんだからっ!」
女性の心意気や見事。
しかし。。。
つるりんぱ♪
男がものすごい勢いで落下し、波に飲み込まれていった。
男の頭には『掴みどころ』がなかったのだ。
残念でした。【珍話・完】
さて、もうご理解いただけていることだろうと思うけれど、『掴みどころのない人』というのは『髪がない人』という意味だと思っていた読者は、惜しいところだけれど、間違いだ。
『掴みどころ』というのは、そのような物理的な『掴み』を意味しているわけではないし、たとえ男がふっさふさで、彼女が落下する男の髪を掴めたとしても、男もろとも断崖絶壁の底へと落ちてしまったことだろう。つまり、せめて男がハゲであったことで彼女の命は救われたわけである。ハゲも捨てたもんじゃない!! そう思いませんか? 人を頭髪で判断しないように、女性達♪
閑話休題。
何を考えているのかが分かる分からない、という場合の『掴みどころ』とは、それは情報のことであろう。
その相手に対して、どのような情報を得ているのか、ということ。
この情報というのは、あらゆる情報のことを意味する。
見た目、見た目が持つ雰囲気、彼が発する言葉や声質、大きさ。表情の変化や、周囲のその人に対する評価や噂。生い立ちなどなど、あらゆるその人にまつわること。
それが自分の頭の中で漠然と混ざり合い、一つのイメージとして認識するようになる。
『あの人は、こういう人なのだろう』という印象をもって、固有の人物として据え置くのである。
ここで抱いた印象と、事実を照らし合わせた時に、違和感がなければ特に何も思わない。
一方で違和感を感じた時に認識の変更の必要性を感じ、それが何度も続くと『何を考えているのか分からない』という結果に至ることになる。
頭の中で組み上げていた相手像がなぜ違ったのか、と考えた時に現実の相手の行動に感じた印象との、情報の食い違いを感じる。彼の印象とイコールを結べる情報がないことに気づくわけだ。
たとえば優しい彼氏がいたとする。
彼はあらゆる記念日を大切にして、お祝いやイベントを行う。彼女を喜ばせるためのサプライズを忘れずにしてくれる。
そういう情報を彼女は得、だから『彼はお祝い事に対して並々ならぬマメさを発揮する人』という認識を頭の中で組み上げる。
そうして、彼女の誕生日がくるのだ。
当然のように、彼女は期待してしまう。彼がそういう人物だと疑うことなく認識しているからだ。
しかし、彼女の誕生日に限って彼は何もしなかった。
彼が彼女の誕生日を知らないということはない。知っている。その上で何もしない、お祝いの言葉すらなかったのである。
一週間待っても、やはり何もなくて、彼女は痺れを切らして「どうして誕生日を祝ってくれなかったのか?」と、彼に問う。
もしもここで彼が「どうして誕生日なんてものを祝うの?」なんて疑問で返してきたらどうだろうか。
頭の中で組み上げていた彼の印象に著しい違和感を感じることになるだろう。
だから今、目の前の彼という現実が理解できる情報はないかと頭の中を探す。しかし当然頭の中の彼の情報は『お祝い事をマメに祝う』というものでしかない。
分からない。
どうして彼は自分の誕生日をすっぽかしたのか。
自分のことを好きではないのだろうか。
否、日頃の態度に愛情は感じるし、実際その言葉ももらっている。
ますます分からない。
このようなことがたったの1度だけならば『何を考えているのか分からない人』というほどまでにはならないだろうけれど、何度も続けば『何を考えているのか分からない人』になるだろう。
自分が抱いている印象と、実際の彼の行動が一致しないのためだ。
そんな折、彼女はとある情報を得ることになる。
『彼は誕生日を、彼女が生まれてくれた日という捉え方ではなく、彼女が死に近づく日という捉え方をしていたのだ。彼女と永遠に一緒にいたいというくらい大好きな彼は、だから時間の経過とは終わりを意味し、どちらかと言えば疎ましいものであった。一般的な慣習から誕生日を祝いたいという気持ちはあるけれど、中途半端な気持ちでは本心から祝うことができない。そんな偽りのお祝いなど逆に失礼だ』
という考えの人だったわけだ。
この情報により、彼に理解を示せるか否かは別として『何を考えているのか分からない人』という印象は拭えることになるだろう。
不足していた情報が補填されたためである。
このように『何を考えているのか分からない』というのは、情報が不足している、ということでもある。
つまり『何を考えているのか分かる人、分からない人』に分かれる条件は、相手が自分に抱く印象と、自分の実際の行動がズレているところにある。
従って、
・『何を考えているのか分からない人』になりたい人は…………相手が得た情報や与えた情報と、自分の実際の行動をズラし、それを何度も繰り返せば、そう思ってもらえる。
・『何を考えているのかわかる人』になりたい人は…………相手が得た情報や与えた情報と、自分の実際の行動がズレないようにすれば、そう思ってもらえる。
「何を考えているのか分からない!」と否定的に言われ、それを不快に思う人は、裏を返せば、考えさせるヒントを与えていない、という自分側にも問題があることに気づくべきだ。
このことに気づけば、『何を考えているのかわかる人』に意図的に寄せることも可能だろうし、逆に『何を考えているのか分からない人』と思われるようにすることも可能となる。
【本項のまとめ】
僕は『何を考えているのか分からない人』と言われることが多いのデ~ス(笑)
心外ですっ(; ・`д・´)
written by K.Mitsumame
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