【エッセイ】とある小説賞の受賞について少々……その6

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集英社は日本のエンターテイントが集まる発信局のひとつと言える。そのビル内は、興味のある人からすればテーマパークのようなもの。廊下に飾られているキャラクターのパネルなどを見るだけでもじんわりと感慨深い。

さて、そんな出版社の内部を案内してくれるのはご存じイケメン担当編集者である。
僕を含めた受賞者3人は、金魚の糞のごとくふよふよと担当編集者の後ろについて歩くのであった。

出版社の内部映像はテレビドラマなどで何かとお茶の間にお披露目されている。
たいていは広いオフィスの一室に、所狭しとデスクが並んでいる。デスクと言う名のパーソナルスペースはその編集者個人の仕事っぷりが目に見える形を成す。人によっては資料が綺麗にまとめられていたり、あるいは乱雑に積み上げられていたりするものだ。
そんなドラマ上の映像と僕が見た事実は、さほど離れてはいないなという印象だった。ただし『原稿や資料に埋まって徹夜続き、風呂に入る暇もなく仕事中』というような髭面ボサボサ頭の編集者はいなかった。
全体的に綺麗にまとまっている印象で、どちらかと言えば落ち着いており、あっさりとした印象だった。その時、在室の編集者の数も少なかったこともこのイメージに影響を与えていたものと思われる。
それと編集者いわく、どうやら部署の合併などで大きな動きがあったらしく、それでデスクなどを引っ越ししたばかりだからキレイなのだ、とのこと。フル稼働状態だったならば、もしかしたら『原稿や資料がお風呂代わり』というような、物語上の編集者が実在していたのかもしれないなぁ(笑)

さて、その部屋の奥に校閲の部屋があった。そこは口頭での説明で中には入れなかった。作業中とのこと。
編集部としても気を使う作業工程を担う場所。その扉が高尚なオーラをまとっているように見えた。大げさではなく、そんな気がしたのだ。入って作業風景を見てみたいとは思わなった。

編集部のオフィスで椅子に座り、そこにいた編集者と少し話したりもした。
「厳しい世界ですよぉ」というのは彼らにとって初対面の挨拶のようなものなのかもしれない。ただしその口調は人それぞれなので、その言葉が帯びる緊迫感やら圧迫感やら真実味は全然違うのだけれど。

そこで話した人は、結構真実味を帯びた話し方をしてくれた。そういう人は「厳しい世界だ」という言葉だけでは終わらず、「では厳しい世界で何が大切か?」ということも教えてくれたりする。厳しい世界にいるというだけのこと、とてもやさしい人なのだ(※さすがと言うべきか、この人はのちに編集長になっていた)。

小説を書くために何が必要か、など、その編集者が担当した作家さんの生の声を教えてくれたりする。門外不出というか、なかなか耳にできないものである。
その内容もさることながら、そうして内部から発せられる声を直接聞かせてもらえているという状況が、それだけで刺激的で貴重な体験だった。


しばらく話していると、その編集者は「ちょっと待ってて」と言ってどこかへ行き、すぐに戻ってきた。
1冊の本を手にしていた。
「あげる、これに商業小説の創作についての神髄が書かれてるから。ものすごく勉強になるから」とのこと。

最初からその本を受賞者に渡すということが予定されていたわけではない行動だった。たまたま手が空いた時にオフィス見学に来た受賞者がいて、少し話をしてみたら気が合ったのであげよう、という偶発的なものだったと思う。
ライブ感とでも言うのだろうか、授賞式に参加する際の大きな付加価値を感じられる一瞬だった。幸運である。

さて、頂いた本はと言えば、市販されているものなので手に入れようと思えば簡単に手に入る。しかし編集者から直接手渡されるという背景を持つと、何か特別な重みを感じられるものだ。伝説の黄金の書を手にしたような、そんな感じ。だから「はわわわぁ」と、とても感慨深い気持ちで両手で持ち、その表紙をじっと見つめてしまうのだ。すると、あることに違和感を覚えたのである。

僕は思わず聞いてしまった。
「え、他の出版社のですがこのようなことは普通なのですか?」
その本。
なんと、ライバル出版社である角川書店の本だったのだ。
一方、編集者のリアクションはとても軽いものであった。
「いいのいいの、良い本は良い本なんだから」

ライバル企業の製品を宣伝するようなことは、普通ご法度というのが暗黙の了解であろう。しかしオフィスビル内でライバル企業の本をおススメするのだから驚きであった。
つまり、本当に良い本なのだ。
業界からしてお墨付きの指南書なのだ。
ごちそうさまでした。

その後、他の階層へと向かい、他の部署なども見学させてもらうことに。
その途中、また刺激的なシーンを目撃する。
廊下の途中にコーヒーやジュースが紙コップで出てくるタイプの自動販売機があった。そこはちょっとしたカフェスペースになっている。往来の途中で喉が渇いたら少し一服するという意図で設置されたものだろう。丸い小さなテーブルに椅子が2つか3つ。それが3セットくらいある。簡素なもので、長居することは想定されていないという具合だ。
しかし、そんなところに明らかに長居しているに違いないと思える、テーブルに張り付くようにしている人がいた。
当然、僕たちはその真横を通り過ぎるのだけれど、僕たちの往来にその座っている人の意識が向くなんてことはない。それほどに集中しているのだ。
そして編集者も、そんな違和感バリバリの人がいることを気にも留めない。あっさりと通り過ぎて行く。
つまり、それは彼らにとって日常的なことなのだろう。
誰かは知らないし、マジマジと詳細に手元を覗き込むようなことはできなかった。
しかし、締め切りに追われた漫画家さんが、そこで原稿を書かされているという手元と風情感じ取ることはできた。
空いている部屋はいくらでもあるだろうに、なぜそんなところで原稿を描く必要があるのだろうか、と考えると、その光景は確かに『厳しい世界』の一幕に違いない、と思えるものだった。

とはいえ申し訳ないのだけれど、そんな光景ですら僕にとっては記憶に残る楽しい一場面であった。

違う部屋に入ったら、チンピラがいた。
上座的な位置にあるデスクのところにいた。
あぁ、本当に編集長だったんだぁ。
出版社のビルは、刺激に満ち溢れている。

~その7に続く~

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(2020.3.25-nonora.typewrite)