【エッセイ】とある小説賞の受賞について少々……その7

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懇親会は一般的な夕食時に行われる。
イメージ的に、作家は夜型が多く、その作家に寄り添う形にある編集者は一般的な人よりも少しズレた時間感覚があるように思う。事実がイメージと遠からずというのならば、朝遅く夜対応型の編集者もいるだろう。このことについて聞くことはなかったので、正しいことはわからない。ただ、その懇親会に参加していた編集者の多くは、懇親会後、社に戻り仕事をするのだという。忙しいのだという。
ごめんなさい。

暗い店内をいくつものスポットライトが照らし出している。雰囲気の良い中華料理屋である。
扉をくぐれば反射的に背筋の伸びるような高級料理屋、という感じではなく、落ち着いた中でお酒を飲みながらゆっくりと食事するといった風情。デートなんかに向いているのかもね♪

もちろん、僕たちはデートなどではありません。
長方形の6人掛けテーブルを3つくらい占拠していたので、総勢13人から18人くらいの人がいたのだと思う。数えていないので正確なことはわからないけれど、確かなことは受賞者3人以外は全員編集者である。

まだ僕たちは受賞者として歓迎されている段階なので、肩身の狭さはない。しかし想像するに、もしもある程度の付き合いがあって締め切りを抱えている作家さんだったならば、ただの地獄でしかないのだろうなぁ。
そんなわけでセーフ。
僕は食事を美味しく頂ける精神状態をキープできている。結果的に社内でいるよりも砕けた感じで会話ができた。良かったなと思う。

アニメやドラマに出てくる関西弁について少し話す。関西に居を置く僕とて、あんなコテコテの関西弁にはなかなか日常的に出会えるものではない、あれは新しい方便に違いないということを伝えておいた。そうしていると参加者全員が揃う。
僕はお酒が飲めないのでウーロン茶にした。このあと仕事がある編集者たちは「さすがに仕事なので飲むわけにはいかない」などとは誰も言い出さず「今日はそういう日だから♪」と言って、そのほとんどがお酒であった。
カンパ~イ。
ギョーザや肉の炒め物などいろいろ出てくる。テーブルの上はすぐに埋め尽くされる。どれもとても美味しかったという記憶はあるのだけれど、その一品一品を細かくは覚えていない。なぜならば、それよりも編集者の業界話の方が充実していたからだ。

僕の隣には担当編集者が座っていた。
以前の記事にも書いたのだけれど、僕とその担当編集者は会話の波長が合わない。冗談のポイントも違うだろうし、その挟むタイミングも違うだろう。当然盛り上がり方も違うし、内容の好き嫌いのポイントも全く違うところにあるという感じなのだ。
しかし、そもそもその担当編集者はとてもクールなタイプで、僕以外の人とも馬鹿話をするような感じではないのである。

口下手とは違う、本当にクールなのだ。そんなだから、会話の方向性が用意されていて、真面目で落ち着いた内容の話ならばずっと話していることはできるのである。そうなると、僕にとっては勉強になることばかりなので、興味津々の姿勢で聞くことになるし、相手もそうなると話しやすかったのだろう。懇親会のあいだ他の人とはあんまり話さず、担当編集者とずっと話していた。

たまに編集長などが話しかけてくれたりするのだけれど、編集長から「続けて続けて、今のうちに聞けること聞けるだけ聞くのが良い」と、どことなく勉学に励む学生とその担任を微笑ましく見守るようなスタンスをお取りになったりした。編集長にとっては、担当編集者が受賞者と関わるのは編集者としても勉強になるから、という意味もあるのだという。渦巻いてる、いろんなマジメが渦巻いてるぞっ!!

会話のテーマは自ずと『小説をはじめとする創作物に関すること』となる。

これも以前の記事にも書いた『とある作家さんに原稿執筆のオファーを出したら自分で9社目だった』という話もここで聞かせてもらった(ちなみにここで名前が挙がった作家さんたちは全て、その後ヒットしている!!)。
とにかく多くのことを聞いたのだけれど、会話全体を通して驚かされたことがある。

この編集者、多くの小説の内容を人物名なども含め具体的な内容とともにそらんじられるのだ。
それだけ多くの本を読んでいるということにも驚かされるし、それほどの数を読んでいるのにも関わらず、そのひとつひとつの内容を詳しく覚えているのだ。

思わず、いったいどんな読解力と記憶力をしているのだと突っ込んでしまった。
すると、平然と「僕なんて平凡でもっとバケモノみたいな人いますよ」と言う。
恐ろしい世界である。

さらにすごいなと思えたのは、その小説のひとつひとつのあらすじをわかりやすく理路整然と口頭で説明するのである。まるでどこかにあらすじ原稿があって、それを読んでいるような感じ。
内容を記憶しているというだけならばまだしも、記憶からランダムに引き出した小説の内容を、特に思い出す時間を要さず口に出して伝えられるというのは、なかなかできるものではない。

実際、僕なんかは僕自身が好きな小説のことも言葉に詰まりながらようやく説明できるくらいだ。それにしたって登場人物の名前を思い出せなかったりすることもある。
しかし、この編集者は自身が好きと思ってもいない小説の内容も詳しく説明できるのだ。そしてそのどこが気に入らないのか、ということもしっかりとした理由付きで話してくれる。

当然なのだけれど、僕の好きな小説は何かということも問われる。
僕は、思いつくタイトルをいくつも挙げる。あえて色んなジャンルや年齢層の作品にした。
そしてこの反応にも本当に驚いた。
全部ご存じだったのである。

続いて、そのひとつひとつの作品のどこが良かったのか、という問いを重ねられる。
僕は小説など、基本的には漠然と楽しいかどうかという感じでしか読んでいない。感覚的に読んでいる。ときに分析的に読むことはあるけれど、好きな小説となれば楽しむことを優先してしまうため、より感覚的な読み方になってしまっている。

そんなだから天上を見上げ、記憶を手繰り寄せながら感想を述べることになる。
すると、「なるほど」と理解を示してくれはする。
ただし、そのあとに「その作品はね」と、僕の数倍詳しい内容と充実した感想を話してくれるのだ。
驚きの連続である。

思わずと問うてしまったくらいだ。
「むしろ読んでない作品は何なんですか?」
「ほとんど読めてないですよ」
時間があるのならばもっと読んで勉強したい、というようなニュアンスの返答だった。
一線級の舞台にいるプロってすごい、と思う一面だった。

さて、僕はこの後何か月も、たくさんの長編小説を書いてこの担当編集者に提出するのだけれど、編集者のこのプロ技術がゆえの厳しい洗礼を受けることになる。

編集者いわく、たいていの人は1作か2作のやり取りをすれば書けなくなる、とのこと。
この編集者から僕が唯一褒めてもらったことがある。「そのへんの書く技量と気概は認める」とのことだった。つまり、内容とかはケチョンケチョンだったのだけれどネ(≧◇≦)w 

ケチョンケチョンに言われながら、僕は確かに「普通の人ならば精神的に追い込まれ潰れるだろうなぁ」なんてことを平然と客観していた。なぜならば、そもそも僕は自分の実力なんてそんなものだと自覚しているからだ。自覚していることをそのまんま言われたところで特に落ち込むことがない。だから、なんとかこの編集者から創作のヒントを得ようと色々問いかけることができたりした。会話の波長が合わないとか言いながら、いつも長電話である(笑)

とにかく密度の濃い充実の時間を経験することができた。
とても楽しかったし、刺激的だった。
懇親会解散後、編集部の人たちは酔いもそのままに仕事をするために社へと戻って行った。
僕はそんな姿を見送り「頑張らなくては!」という内なるものが熱く盛り上がるような感覚を抱き、宿泊するホテルへと向かう。

これら宿泊費をはじめ、交通費、賞金その他もろもろ僕の全てにかかる費用は出版社持ちである。お金を払っても体験できるものではないというのに。
何から何まで幸運な1日だった。
~その8へ続く~

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(2020.3.27-nonora.typewrite)