本質に迫る!! なぜ仕事をしなければならないのか?

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 たいていの人は成人になると仕事をしなければならない。僕たちはそのことを少なくとも学生の時には理解する。確かに、大人になっても理解できていなさそうな人が少なくはないが、それは理解することを拒もうとしてひねくれているだけだ。仕事をしなければならない、ということ自体については、心の中ではよくよく知っているものだ。かの名言『働いたら負け!』というのも、働くことの重要性を裏返し的に物語っている。
 では僕たちはどこでそのことを知るのだろうか。
 それは幼少期、大人達が仕事をしているのを見て、仕事をすることが当然なのだと認識する。疑うこともなく、学生という肩書かたがきを捨てれば仕事をするもの、と思い込むようになっているのだ。
 しかし、なぜ仕事をしなければならないのか、というその理由にまで理解が及んでいる人は少ない。というのも、なぜ仕事をしなければならないのかということについては、教えてもらう機会が少ないし、それを正しく説明できる大人が限りなく少ないのだ。さらに言えば、なぜ仕事をしなければならないのかについて説明している大人は、総じて胡散臭く見えてしまう、という性質がある。このことが一般的に浸透しんとうしないことを手伝ってしまっている。
 定年を迎え、何十年も仕事をしてきた人生のベテランとて、改めてなぜ仕事をしなければならなかったのかと問うと、「家族を養うため」程度の回答をくれるだけである。ではお金持ちはなぜ仕事を辞めずに続けているのかと続けて問うと、「悪かったな。係長止まりで」とふてくされる始末だ。このように、職務しょくむまっとうし終えた人生のベテランとて上手く説明できなかったりするのだ。
 これはつまり、裏返せば『なぜ仕事をしなければならないのか?』なんてことを知る必要もなければ、そんなこと考えているひまがあるなら働けという本質を物語っている。 
 しかし、何事も知っているに越したことはないと僕は思うのだ。でなければ今この時点で話を続けられなくなるという大問題が発生してしまう。

 そんなわけで、僕は『なぜ仕事をしなければならないのか?』の問いに、限りになくしんせまかいを見出そうと思うわけである。
 さて、この解答に迫るには、実際に仕事をしている人と、仕事をしていない人がどれほど違うのかを観察するのが手っ取り早い。そしてその結果から、どちらが何を得て、何を得られていないのかを見つけ出せば、自ずと仕事をすることの目的が浮かび上がってくるはず。
 仕事をしている人と、仕事をしていない人、それぞれにインタビューを試みた。
 以下、それぞれの顛末てんまつである。

仕事をしている人の場合

 その部屋にはテーブルとソファーだけがある。壁は薄く、建物そのものに高級感はない。一般的なオフィスビルの一室だ。インタビューに味気は不必要だが、一応テーブルの中心には一輪挿しの花瓶を置いておくことにした。それだけでずいぶん空気が違う。
「こんにちは」
 気さくさ、を意識して僕は楽な感じで挨拶をする。
「初めまして。こんにちは」そう言いながらスーツ姿の男は僕に名刺を差し出した。
 営業部・仕事仕手益男しごとしてますお以下マスオさんと表記)。
 なるほど、厳かな雰囲気がある。表情が硬く見えるのは初対面である緊張感か、あるいは、取引先などに挨拶に行く習慣がそのまま出てしまっているということではなかろうか。
「どうぞお座りください」
「失礼致します」
「そんな大それた企画ではないので、気楽にしてくださいね」
 僕はほほ笑みを見せることで、この場が取引先ではないことをアピールした。しかしマスオさんは陰りのある笑みを浮かべる程度である。会社の飲み会などで『無礼講だ!』と上司に言われて、無礼を働いてしまった暗い過去を持っているのかもしれない。
「では、早速ですが、なぜあなたは仕事をしているのですか?」
「簡単なことですよ。家族を養うためです」
「あの、失礼かもしれないのですが、今、なぜ視線を下に向けながらお答えになられたのでしょう?」
「え、あ、はぁ……気づきませんでした」
「つまり、無意識と。それは何らかの本心が行動に現れてしまった、ということではありませんか? どうでしょう」
「はは、これは手痛いです。たぶん無関係とは言えませんね」
「お悩みでも?」
参ったな。さすが人から話を引き出すことに慣れておられる
インタビュアーですから
 僕が少し身を前に出しながら「聞きましょう」と言うと、マスオさんは視線を複数回左右させてから、視線を合わせてきた。
「実は最近、私は何のために生きてるのだろうかなんて思ってしまうことがあるんです。妻も子供もいて贅沢だとは思うのですが、自分がただの機械のように思えてきまして
「分かります。それで?」
「ええ。朝起きて仕事に行って帰ってきて寝てまた仕事。週末は家族の顔色伺いばかりでダラダラもできません。仕事も私自身が好きなモノならば話は違うのでしょうが、何の面白味もなく」
そんな仕事でも、その中にヤリガイを求めようとは?
「はい。でも、それを意識的に求めようとしている、という部分をふとした時に見つめてしまうと、なんだか馬鹿馬鹿しくなってしまって」
「結局、ただ自我を殺して作業を繰り返している?」
「そんな感じです。どう思いますか?」
いやいや、僕の意見なんて何の慰みにもなりませんよ。それより、ではあなたは今と何が変われば状況が良くなるとお考えですか?」
「そうですねぇ。えーと」
「たとえば、働かないとか?」
「はは、魅力的ですね。でも、私には家族がいますから」
「ほぅ、家族がいなければ良いと?」
「それは語弊です」
「失礼、わざとです」
「いえ良いんです。でも、たまに思うことはあるんですよ。今の仕事をしてて、今と同じ収入があって、独り身だったら何だってできるんだろうなって
「何をしましょう?」
 僕は笑みを深める。マスオさんもつられるようにして笑った。本日、一番良い表情だと思う。
「そうですねぇ。若い女の子とデートなんかしてみたい、かな。ははっ」
その言葉を待っていました!」僕は勢い良く立ち上がる。
「え?」
 驚き見上げるマスオさん。僕は彼のそんな表情に満面の笑みで応える。そして扉へと移動し扉のノブを回す。
「実は、今日は奥様もお呼びしておいたのです」
 扉を開くと、そこには鬼の形相の奥様が仁王立ちしていた。ちなみに彼女への『家庭を支える母の愛情はかくも深い』というテーマでのインタビューはすでに終えている。 
 僕はそんな奥様を室内にお招きし「ではではおあとがよろしいようで」と言って退散することにした。
 扉を閉めると、早速花瓶の割れる音が響いた。  
 ほんとに壁が薄い部屋だなぁと思いながら、僕はボイスレコーダーの電源を切った。

 

仕事をしていない人の場合
 花瓶の小さな破片が一つ、テーブルの足元に転がっていた。先週のインタビューの痕跡。マスオさんの生存を願わずにはいられない。
 そんなことを思いながら顔を上げると、その男はすでにソファーに座っていた。
 ジーンズにパーカー姿である。髪は軽く整えただけという感じ。ラフな格好ではあるが、街中にいても違和感のないごく普通の男である。
 ただ、身体の横に大きなカバンを置いている。
「こんにちは」
「あーこんにちはです」
 もちろん名刺はない。名前は職務不履行しょくむふりこう以下オリコウさんと表記)という。二十八歳、無職だ。
「では早速ですが、あなたはなぜ仕事をしないのですか?」
 男はすぐに答えることをせず、まずカバンをテーブルに置いて口を開けて見せてきた。
 CDケースらしきモノが山ほど入っている。箱入りフィギュアやぬいぐるみ、アルバムらしき冊子が何冊も見える。写真集らしき本や、何らかの文字が印字されたタオルなど。カバンをひっくり返せば、何が出てくるか分からないほどだ。
 僕がこのカバンの中身について何を聞こうかと考えていると、オリコウさんはカバンの中身を次々と取り出しては、語り始めたのだ。
「ちょっとこれ見てくださいよ」
 黄色い歯をこれでもかと見せてくる。無邪気に笑う男だ。心なしか輝いて見えるところが憎らしい。
「これ手に入れるのに一週間寒空の下並んだんすよ。手に入れた時の感動は今でも忘れられない。はぁ、マロンちゃぁん
 オリコウさんはフィギュアの箱に頬ずりしてから、すぐに次の物品を取り出す。
「これなんだか知ってます?」
「はぁ、普通のアイドルのDVDじゃ?」
 DVDのジャケットはビキニ姿の胸元の膨らんだ少女の写真である。
「チッチッチ。普通とはお主、勉強不足ですな。これは世界にたった一枚しか存在しないプライベート映像が入った秘蔵DVDなんすよ」
「へぇ、そんなのがあるんですねぇ」
「あるんですあるんです。宝物すぎて、封も開けられない。どんな映像かは想像して楽しむんですよぉ」
「へぇ、想像力豊かなんですねぇ」
「いえいえ、俺なんかよりすごい奴はごまんといますよ。あ、それからこれ」
「楽しそうですね?」
「当たり前でしょうが。好きなモノを語る。これ、人生の醍醐味ですよ
 良いことを言ってるふうに聞こえてしまう。まさに自信の魔力。
 圧倒され引き気味の僕に、オリコウさんは身を乗り出すようにして物品を差し出し、これでもかと見せつけてくる。
「でね、これなんだけれど――――」
 その後、オリコウさんの言葉は宇宙語か何かとしか思えなかった。
 総括として、これはインタビューではない
 このままでは何のためにこの場を設けたのか分からない。僕は喜々として語るオリコウさんの言葉の上から、一つ質問をかぶせることにする。
「失礼、で、結局、あなたはどうして仕事をしないんですか?」
「は、そんなの仕事してる暇なんてないじゃないっすか」
「楽しいですか、人生?」
「最高っす。僕はこのために生まれてきたんだと毎日運命感じてますよ」
 オリコウさんの表情は油を塗りたくったように、艶々と輝いていた。
「でね、次はこれなんだけど――――」     【おしまい】

 お分かり頂けただろうか?
 仕事をしてない人の方が、楽しそうではないか。

本項まとめ・なぜ仕事をしなければならないのか?】

 よく分かりません。

 

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