【エッセイ】とある小説賞の授賞について少々……その1

2020年3月28日

当ブログのプロフィールにもあるように、乃々楽章氏は過去に集英社のとある小説賞にて受賞したことがある(別名義)。
氏は、「あれはいつのことだったか・・・・・・」と過去の栄光にすがりつくように思い出すフリをして自慢しようとするが、そんな自慢ができるほどの権威ある賞ではない。提出最低限の文字数さえ書ければ運が良ければ誰だって取れる可能性のある賞なのだ。たとえれば、町内会の一発芸大会で受けて商品ゲットみたいなもの。
そんなだから、賞の名前は伏せたままである。
一部知り合いにのみ公表し、編集部の人たちの名刺や授賞式の写真などを見せ、本当であることを示したりはしている。あと、賞金の振込明細を見て税金が引かれた額になっているに愕然としたこともトピックしておいた。
それ以外の人にはまず嘘だと思われるだろう。しかし、信じてもらっても疑われても、今の氏の生活の何かが向上するわけでも下降するわけでもないので、どちらでもいいのである。

その頃、氏は文章の内容については全く考えず、規定文字数さえ書ければイイと都合よく思っていた。
だから何も考えずに適当に書きだした1文に、次の文章を付けたし付けたししていって、水増し文章を生産した。テーマもなければ舞台背景も行き当たりばったり。登場人物の名前ですらとりあえず『●●』と表記して書き進め、文章ができたあとから挿入するというくらい、とにかく文字数稼ぎにばかり気がいっていたわけだ。
そんなふうにして出来上がった長文を、特に吟味もせず、応募締め切りが近い新人賞に送ったのである。誤字脱字もなんのその(たぶんたくさんあったはず)。
こんな調子なのであった。
その理由のひとつに、どうせ1次すらも通らない、良くても2次落選程度だろう。1円にもならないものに長時間費やしてられるか、という浅ましい心理があったのだと思う。

思えば、攻めてるのか守ってるのかよくわからないスタンスである。

そしたら同時期に3社3作品が最終に残った。

集英社、宝島社、一迅社。
筆名は全部別々にしてあった。登場人物の名前も決められないのだから、自分の筆名も決められるはずがなかったのだ。これだっという思いつきがなかったから出版社に送付するときに適当に割り当てていた感じ。

3社のうち宝島社からは電話があり、選考に残ったことと、まだ公式には発表していないのでSNSなどで公表しないように、などの連絡があったので実感が沸いた次第である。

普通は1つもない。運良くて1つ。それがなんと3つもある。全部同時に受賞なんて、そんなうまい話はあり得ないことくらいはわかっている。しかし、3つもあれば1つくらいは受賞してもいいじゃないか、という欲が芽生えるのだ。こればかりは仕方がなかった。

ただ、そんな欲が芽生えることで、初めて後悔が生まれるのだ。

まだ結果が出たわけでもないのに『こんなことならばもっとちゃんと物語を作り込んで推敲をしておくべきだった』と。

思うに、多くの人がチャンスが到来したときにこそ後悔するのではなかろうか。喜ばしい事態であるはずなのに、である。

これは、次のような心理メカニズムがあるからのように思う。

夢や理想はあるけれど、その想像図に対して普段は『自分に限ってそんな幸運には巡り合うはずがない』と希望薄な気持ちでいる。だから頭の中で思い描くその想像図に対してリアルなイメージがわかない。それこそ夢物語なのだ。だから、その想像図が型を成し到来したときのための準備をしておけないのである。そうしていざ想像図に近い状態に鉢合わせたときすでに遅し、である。せっかくその事態を事前に思い描くことはできていたのになぜ準備をしなかったのか、と。リカバリー不可能な後悔だ。つまり、準備することが可能であったのにしなかったタイプの幸運の到来なのである。

話を戻すとして。

すでに文章は提出後なのだからどうしようもない。
確率は関係ないのだけれど、3分の1なのだ1つくらいは、というところで神頼み的な気持ちになる。そんなふうにして受賞連絡はまだかまだかとソワソワしながら過ごすことになったのである。

不思議なことなのだけれど、そういうときに限って、知らない番号から電話がかかってきたりするものなのだ。普段かかってくることのない間違い電話もそういう時にかかってきてムキ~ってなったし、営業の電話もなぜこの時期に限ってというくらいピンポイントでかかってくる。しかもこちらは出版社の可能性を意識しているわけだから、電話の出方がかなり丁寧なのだ。営業マンからすれば『イケる!!』と思えるのだろう、テンション高めに一気に話始めるのだ。ムッキ~っ٩( ”ω” )و

そんなこんなでかなりの期間ソワソワさせられ、ついぞ音沙汰なし。「あぁやっぱり駄目だったんだ。そりゃあそうだ」と諦めることにした。

そうしてこのことについて忘れかかったころに集英社から電話連絡があったわけである。

忘れていたというか、言い換えれば無防備状態だったのだ。
知らない番号からの電話だった。
何かの営業だろうか。
面倒だな。
しかし昔の知人だったり番号を変えた知人の可能性もあると思いひとまず取ったら、
「〇〇社です」の声。
〇〇のところが良く聞こえなかったので、「はぁ?」という曖昧なな返事をしたのである。
僕がそんな反応だったからか、電話口の声が突然活舌良くなった。
「集英社編集部ですが、〇〇さんでよろしかったですか?」と。

「…………しうえいしや?」
「…………はて?」

頭のすみっこに追いやられていた記憶が、一瞬にして、一気に中心に返り咲いた。

「ハ、ハイ。そうでござーますヨっ!!」
途端に、外面全快、礼儀正しい人間に早変わりである。

その電話では、受賞したこと、担当となる編集者が電話をかけてくれた当人であること、受賞作についての簡単な感想や今後の予定などを伝えられた。
その後メールでのやり取りをして、受賞式を迎えるのである。

その2に続く
(2020.3.18-nonora.typewrite)