なぜ【磯部磯兵衛物語】をカバンに入れておくと人生が豊かになるのか~書籍のデジタル化の時代にある紙書籍の価値とは~

2019年9月28日

読書の大きな効能のひとつに『本読んでるぞ感の知的アピール』というものがあります。こんにちは、そしてこんばんは乃楽です。

その事実を受け入れることには、幾ばくかの恥ずかしみがあるかもしれません。
しかし受け入れましょう、その無意識的自己主張な自分を(笑)

さまざまなデジタル化が進行する現代において、紙書籍が未だ根強く残り続けているのはどうしてか。
その理由のひとつとして、無意識的な『本読んでるんだぞ、俺は。知的なんだぞ、俺は!』というアピールがある、なんて僕なんかは思うわけです。

かつて、社会のデジタル化の潮流が叫ばれ、その中のひとつとしてあった『近い未来、紙書籍がなくなる時代がくるだろう』という予想図は、現実的なイメージを以って、さほど大きな反論もなく、多くの人に「まぁそうだろうなぁ」という認識を持たせていたように思います。
加えてエコという概念もまた、書籍のデジタル化とマッチしているように思えたことでしょう。

当時、この『近い未来』がどの程度先の未来をさして言われたものかは定かではありませんが、今となって、『思ったよりも電子書籍化の流れは遅かった!』と分析する人もいるようです。
つまりは、それだけ紙書籍に対する多くの人々の想いが想定以上であった、ということなのでしょう。

では、何がそこまで紙書籍を残そうと思える要因となっているのでしょうか。

紙が持つ温もりだとか、インテリアとしての価値だとか、紙書籍を手で持って開くという物理活動が読書という姿勢を促す心理だとか、そういうどこにでもありそうなまっとうな意見はここでは論じません。
それ以外にも大きな効能があるからこそ、紙書籍はまだ残っているという話なのです。

そう、「自分は知的活動をしているのだぞ君たちと違って!」あるいは、「自分は知的なんだぞ君たちと違って!」という周囲へのアピールに他ならないのです。

これをここでは『読みアピ♪』と呼ぶことにしましょうそうしましょう。

たとえば『読みアピ♪』にはどのような行為があるのか見ていこうと思います。

1・ちょっと知的に思ってもらいたい誰かと一緒にいるときに、唐突に「あれ? ない、あれ?」とカバンの中を漁りだすのだ。その露骨な行動は、当然のように相手の「どうしたの?」という言葉を引き出すことになる。その相手はそんな質問をしつつも、何かを無くしたのだろうなという想像はついているものだ。だから、漁っているカバンの中を横から覗こうとする。そのときカバンの中にあらかじめ入れておいた紙書籍のタイトルを、その相手がしっかりと読めるように気をつけながら、何かを探すふりを続けるのだ。同時に「あーもぅ財布持ってくるの忘れちゃった。あ、これ? うん、これはちょっとおもしろそうだなぁと思って」などと、謙虚な姿勢で言うのである。
そのとき本のタイトルが『遺伝子とゲノム』だったり『虚数はなぜ人を惑わせるのか』だったり『量子力学』だったりすると、なんだかわからないけれどある程度賢くないと読めなさそう、という知的な印象を持ってもらうことができるかもしれない。実際、その本を開いたことがなくても問題はない。なかには「それどんな本?」と聞いてくる人があるかもしれないけれど、そんなときはタイトルを口頭で読みあげるだけで、その本を理解しているような雰囲気がでるものなのだ。
いっぽうである。もしもカバンの中に入っていた書籍が『磯部磯兵衛物語』というタイトルの漫画だったりすると知的には思ってもらえないので気をつける必要がある。悪い場合は、少し馬鹿にされるかもしれない。ただ、運が良ければ、この漫画の面白さがわかる豊かなエンタメゴコロのある人だ崇高な御仁だ、と妙な親近感を持ってもらえる可能性がなくはない。まぁ相手が『磯部磯兵衛物語』肯定派でなければならないのだけれど。
いずれにせよ、この作戦を採用する場合、財布を忘れた、というお馬鹿なところを平然と棚上げにする精神力が必要だ。

2・現代人にとってスマートホンで写真を撮り、なにかあれば周囲の人にその写真をメールで送ったり、直接見せたりするなんてことは当たり前の行動である。その写真を見せることで話題となっている内容が簡単かつ時短で伝えることができるのだ。つまり、その写真には見せたい対象物が映っているわけだけれど、そんな対象物の背景にさりげなく本のタイトルがギリギリ見えるように映り込ませておくのだ。気をつけなければならないのは、普段そんなところに本があるわけがない、というあからさまな場所ではどれほど『さりげ』を出そうとしても『あざと』にしかならない。最低限のTPOがあるということを忘れてはならない。さりげな写真とあざと写真は紙一重ということなのである。

上記のような使い方をする場合、極論を言えば、白紙の束に知的タイトルな本の表紙をかぶせた物でも良いわけである。もっと極々論を言えば、コンニャクに本の表紙を巻きつけておいて、それがコンニャクだとバレなければ、それだっていいということである。ちなみに僕の場合、コンニャクの臭いをどうするか、の解決法がまだ見つかっていないため、コンニャクに本の表紙を巻きつけたことはまだありません。

このように本の外見を効果的に利用する場合、つまり『読みアピ♪』はデジタル書籍ではできないのです。
デジタル書籍はスマートホンやタブレットのような電子端末を使用するため、端末の液晶画面を覗き込んでもらわなければなりません。
紙書籍の場合は本を読んでいる最中でも(※読んでいるような姿勢だけの最中でも)、相手側に表紙を見せることができるため、『読みアピ♪』することができるのですが、電子書籍はというと、読み進めている最中には表紙は画面に映ってはいないのです。読書中の液晶画面を隣からのぞき込まれたとしても蟻の群れのような小さな文字が映っているとしか認識してもらえないのです。
では、あらかじめ表紙画面にしておけば良いではないか、なんて思う人があるかもしれませんが、それは間違いなのです。というのも電子書籍の場合、画面に表紙が映っているということは『まだその書籍をひとつも読んでいない』ということがバレてしまうのです。確かに読了後も表紙がホーム画面に映ることにはなるのですが、その場合は「あ、この本はもう読み終わってるの!」とか、聞かれてもいないのに露骨なことを言わなければ、そのことは伝わらないのです。

要するに、デジタル書籍の場合は、こちらから突然、口頭で「実は今さぁ、遺伝子とゲノムって本を読んでるんだよねぇ」などと言い出さなければならないのです。こうなると逆にバカっぽく思われてしまうことになりかねません。最悪の場合、賢いと思ってもらいたいんだろうな、という内心がバレてしまうのです。この動機は、バレてしまうと、とことん頭が悪そうに見られてしまうことになるので、そうなると本末転倒になってしまいます。これこそが『読みアピ♪』ゴコロの諸刃な部分だと言えるでしょう。恐ろしい限りです。

あと『読みアピ♪』において、とても重要なことがあります。
相手の知的レベルをある程度、理解しておく必要があるのです。
たとえば、科学の本を使って『読みアピ♪』をする相手が、科学分野を専門にする大学教授であれば、むしろまだまだ初心者なんだな、と未熟アピールになってしまうのです。つまり、使う本のカテゴリにおいて、相手がその道に精通している場合は使えないということなのです。
そして逆に、相手があまりにも無知すぎる場合も、その本は『知的アピ♪』には使えないのです。確かに、認めてもらう相手が賢ければ賢いほど、認められる賢さも高いレベルであるような気がするものです。だからといって『ポチは賢いねぇ!』とべた褒めされているポチに『量子力学』の本のタイトルを『読みアピ♪』しながら読んでいる姿勢を見せても、「おぉこいつは賢そうだワン!」なんて思ってはもらえないのです。相手の知的レベルで「良く分からないけれど、きっと賢いに違いない!」程度の理解ができるタイトルを選ぶ必要があるのです。ポチの場合、ジャーキーを見せつけたほうが「おぉこいつは偉い人だワン!」と思って従順になってくれるはずです。
このように『読みアピ♪』の効果を最大限高めるためには、使うほんと見せたい相手の相性を見抜く、それ相応の客観力や観察力、洞察力などが必要となるわけです。

つまりです。それほどに優れた客観力、観察力、洞察力がある人は、たいていの場合、『読みアピ♪』などせずとも、普段の行動や会話などだけで、周囲は『賢そうな人』という印象を抱いているものだったりします。

『読みアピ♪』が必要な人は、『読みアピ♪』ができるだけの客観的知性や、観察的知性、洞察的知性などを高いレベルで獲得しておく必要があるため、それを努力のすえ獲得できたときには『読みアピ♪』をする必要がなくなっている、というわけです。ジレンマです。
もう結論はお分かりですね。
そうなのです、『読みアピ♪』は、本人が思っているほど、周囲に対する効能があまりない、という実験結果が出ているのです。
すでに『賢そうだ』と思われている人がすれば、さすがだなぁと称賛され、逆に普段から『バカなんだから』と思われている人がすると、見栄張るなよと同情されるのです。

さぁ、今日も僕はひたむきに『読みアピ♪』をしていこうと思います♪

【磯辺磯兵衛物語】
集英社『ジャンプ』で連載を続けていた名作中の名作。『読みアピ♪』にピッタリ。仲間りょう氏の出現に、業界はざわついた。あの鳥山田明や尾田喜利栄一郎を超える天才が現われた、とは言われなかったことだろう。おそらく、鳥山田さんと尾田喜利さんがどこの誰だかわからなかったからに違いない。
(2019.9.27-typewrite)