奥田徹氏の説明書~その1~

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クリエイター稼業というのはなまなかならない。
世に存在するクリエイターの数に対して、内総生産のバランスがあまり良くないのだ。
よって、多くのクリエイターは稼業専門というだけでは食べていけない。
数少ない幸運な人の中には一時いっとき食べていける、というテンション高めな時期はあれど、それでもその後の浮き沈みは激しく継続が非常に難しい。
最終的には何かと兼業となるのが常である。

そこで『本業は何か?』と問われた際に、何を基準に答えれば良いのか非常に難しいところとなる。
もしも収入の大小が『本業』を規定するのならば、世のクリエイターはかなり数を減らすことになるだろう。
しかし、一概にそうではないからこそ、クリエイターの数は多いままなのである。

元来、人間は『人間』が本業である。
衣食住がその根本原理であり、命の継続が使命である。これに直接かかわらない間接的な仕事は、全て『副業』ということになる。
全人類にとって衣食住よりも大切な仕事は存在しないのだから当然の理屈であろう。

しかして現代日本においては、衣食住に直接関係しない仕事の方が圧倒的に多い。言うなれば『本業』を持たない人ばかり、となってしまうわけだが、そう言い切ってしまうのには違和感がある。
やはり多くの人には『本業』と自負するものがあるものなのだ。
自負。
そう、つまり本業を定義するところは『自らでこうだ』と語れる何かがあるかどうか、ではないだろうか。

さて、ここでようやく奥田徹おくだとおるのご登場である。

氏はまぎれもなく映画監督である。
文筆業を兼任しているため、どちらが主軸の人なのか、ということになるが、映画監督が氏の中での揺るぎないモノなのである。
では、そんな氏の映画について少し触れておこう。
以下、氏のブログのプロフィールから文章を拝借した。(※氏についてのより詳細な事実は当ブログ『リンク』より氏のブログ『小説kinema』に侵入ください)

日活撮影所内にあった映画学校、日活芸術学院にて映像演出を学び、在学時より監督助手として映画の現場に携わる。2000年より個人で映画制作活動を開始。
主な映画作品に 「ベリースタートっ!」(うえだ城下町映画祭・入選)
「スペアキーな冒険」(FIDFF・優秀作品、第11回TAMA NEW WAVE・ある視点部門)
両作品とも自主興行で上映後にDVD化され、全国にてレンタル及び販売される。
その他に、原作提供した「ガソリンゼロ」飯野歩監督作品(第6回TAMA NEW WAVE・特別賞)
共同脚本として参加した「キャッチボール」飯野歩監督作品(第3回ぐんまショートフィルムコンクール・グランプリ)
短編作品で「青春ハンド」(あおもりショートフィルムフェスティバル・優秀賞)など。

映画監督、という役職の枠は限りなく数少ない、というのは想像するに容易いことだろう。
映画製作には膨大な時間や手間や費用などがかかるため、脚本が映画の形とまでなる機会がそもそも少ないのだ。
さらに言えば、たいていその数少ない映画作品の中の1作につき、たった1人だけしか映画監督とはなれないものなのだ。
物語を伝えるという点で同じカテゴリーに入るであろう小説家や漫画家などのクリエイターに比べてもその枠は相当に少ない。
結果的に、何一つ実績を残すことができない映画監督志望者など、はいて捨てるほどいることだろう。
その中で、この実績を残せているだけで、氏が本業『映画監督』を自負するのには十分だと思う。

さて、しかして今現在、氏は物語そのものを生み出すことにその食指が向いているようだ。いずれは映画を作るため、なのだろうけれど、その表現媒体は『小説』の形を取っている。
では、その文筆家としての氏のプロフィールも見てみよう。
以下氏のブログからの引用である。

2011年よりネット上に小説の発表を開始。
インテル、ビットウェイ、ブクログの3社が共同で開催したDIGクリエイティブアワード2012にて応募総数1849作品の中より、小説「ドーナツと彼女の欠片」がグランプリを受賞。2013年に電子書籍化。
その他、主な著書に「小さな僕がカナブンと消えた」「家出しなかった少年」「エイプリルフールに百歳で死ぬということ」「ガソリンゼロ」「ドーナツと彼女の欠片」「くらげ」「恋すること」「足音にロック」など。

とある。
このうち、僕は「ガソリンゼロ」「ドーナツと彼女の欠片」の二冊を読了し、現在「足音にロック」を読み進めているところである。
氏の場合は、本業を作家としても良いくらい、その文体は流麗だ。
しかしあくまでも氏は、小説は映画関係の一部分にすぎないという考えを持っているようだ。(と僕は解釈している)

氏の作品には『青春』の風合いが色濃く表れている。必ずしも恋心を扱っているわけではないけれど【男女の淡い恋における心理の在り方】を仮想的に体験できるものが比較的多い印象だ。
氏にとってのおススメは、当然のように僕とは別のところあることだとは思うけれど、僕個人としてはまずは受賞作『ドーナツと彼女の欠片』を読むことをおススメしたい
1849作品から選ばれるというのは並々ならぬことであり、それにはそれ相応の理由が必ずあるものである。
氏の柔らかい文体はもちろんのこと、人と人との微妙な距離感での掛け合い、重複する不思議な世界観などなど巧みなギミックを感じられる一作になっているように思う。
これを読んで『無理』な人は、残念ながら氏の感性とは合わないということなのだろう。それは当然のことであり、氏も読者も、そのどちらの感性が間違っているというものではない。以後、感性の合う人の作品を選べば良いだけのことである。
もしも仮に『アリ』だと感じられる人ならば、他にもっと好きになれる作品がある可能性が高い。是非、氏の数ある作品を一つずつ読んでみてはどうだろうか。

ところで、氏の新作が先日発表されたばかりである。

『不器用なアナログレコードの挑戦』
というタイトルである。
興味を抱いた方は上記リンクより入れば、購入することができます。(※電子書籍であるため、ダウンロード環境や読むためのアプリなどについてはリンク先のアマゾンサイトの説明に従ってください)

僕はまだ読んでいないため、その感想をここに付記することはできないが、販売サイトにてそのヴィジュアルを見た瞬間、ビビビとくるものがあった。
表紙がめちゃくちゃカッコ良かったからだ。
実は、この表紙を手掛けているのは増田佳子ますだよしこというプロの油絵画家さんだ。
増田佳子氏については、またいずれ別の機会に詳しく記事を書くことになると思います。
なぜならば、この増田氏が、僕の作品の表紙を手掛けてくれるという約束となっているからだ。どのような表紙に仕上げていただけるのか、作品を書きあげる前から楽しみで仕方ない。できれば作品も僕の筆名で書き上げてもらってもかまわないのだけれど、人生そんなに甘くはなかった(。-`ω-)m

奥田徹氏のその他の作品の購入については以下のリンクからも入れます。
(それ以外の作品につきましてはリンク先で移動してください)

“奥田徹氏の説明書~その1~” への4件の返信

  1. 奥田徹

    ありがとうございます。
    本当に嬉しいです。
    これほど、力強い後押しを受けるのは、とても光栄です。
    読み応えがあって、ドキドキしてしまいました。
    僕のブログでも、この記事を紹介させていただきました。
    乃楽りくさんの作品に、素敵な表紙がつくのも近いですね!

  2. nora-riku 投稿作成者

    コメントありがとうございます♪
    こちらこそ、いつも良い刺激を貰っています。
    その気持ちのまんま記事を書きました☆
    ブログ記事の連携も有難うございます♪
    その1なので、続きます(笑) ご覚悟を(笑)

  3. 増田佳子

    こんにちは。
    「不器用なアナログレコードの挑戦」の表紙絵を描いた増田です。
    乃楽さんの目に留まることができて光栄です。
    そしてこうして奥田徹作品と一緒に取り上げてくださってありがとうございました。
    乃楽さんの作品にふさわしい表紙絵が描けるよう、精いっぱいがんばりますので、その節はどうぞよろしくお願いいたします。

  4. nora-riku 投稿作成者

    ありがとうございます。
    勘違いして作品も書いてくれないかなぁ、という図々しさをこっそりと匂わせてみました♪
    しかして、やはり作品は僕が書かねばなるまい!! 僕の作品だし(笑)
    その時は、増田佳子さんについてもブログで紹介したと思いますので、色々ご協力いただけると光栄です。

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