必勝法があるものを、ギャンブルとは呼ばない!!

HOW TO のら競馬!!, のらエッセイ(笑), のら競馬の小箱

考えればわかることだけれど、もしも必勝法が存在するとすれば、それはギャンブルとして成立させることが困難になることを意味する。

たとえば誰もがその内部構造を知らないままにスマホを利用できるように、誰かが見出した必勝法なるものをなぞるだけで当たりを引けるのならば、もれなく全員が儲かるという構図となってしまう。当然なのだけれど、そんなヘンテコ矛盾な算数はこの世では成立し得ない。

ギャンブルの最大にして最低限の基本事項は、集めたお金が総生産のMAXであり、必ずそれよりも少ない金額が参加者の何人かに分配されるということ。
全員がそれぞれ投じた金額よりもプラス収支になるということは絶対にあり得ないのだ。もっと言えば、多くの賭け媒体は運営側が集めた総額から運営費なるものを差し引いた残りを分配するのだから、全員が当たりを引けたとしても運営側が差し引いた割合だけマイナスされた金額が戻ってくるにすぎない。
こんな基本中の基本事項があるのだから、その賭け媒体がギャンブルとして成立しているのならば『必勝法は存在しない』ことを意味するのである。
このカテゴリの世界の中では【ギャンブル】の反対語は【必勝法】なんて言っても、言い過ぎではないように思う。

しかしながら、世の中には【必勝法】という冠をつけた情報商材がそこかしこに転がっている。
上記した通り、その情報商材を有償で提供している人が、その媒体を【ギャンブル】と認識した上で【必勝法】としているのならば、その時点で矛盾していることになる。
ちょっとした詐欺ではないか。
否、何でもそうだけれど、言葉には綾というものがあり、要は後付けでいくらでもその【必勝法】という宣伝文句を『条件付き事実』にすることができるのだ。
たとえば、【必勝法】を買い、そのギャンブルに投資したのに儲からなかったとしても「嘘は言っていない、ただあなたの運が悪かっただけ。」あるいは、「やり方が間違っていただけ。」と言われてしまえばどうしようもないのである。

この商材のトリックはどこにあるのかと言えば、【必勝法】に意識が向く人の多くが、上記したような言葉そのものの真理についてはたいして考えず、ただ儲かるのだろうというイメージに変換しているところにあったりする。売り手としては都合の良い変換であるし、あるいは意図的な誘導なのかもしれない。
言ってしまえば、短期的かつさまざまな条件付きの上での【必勝法】ということなのだ。これを必勝法と呼ぶか否かは、言葉の解釈の問題となってくるのだからますますどうしようもない。あとは単純に楽して儲けたいという心理もまたこの商材が魅力を帯びるにひと役買っているだろう。

僕は競馬が好きだから、ネットで競馬に関するさまざまな意見に触れる機会がある。多く見受けられるのが、馬券がハズれたときに「あなたの予想に従ったのに損した。こんの嘘つきヤローめっ!」的な罵詈雑言の類だ。おそらくはその予想を【必勝】だと勝手に信じて、何の根拠もなく乗っかった人たちなのだろう。
きっと、ものすごく楽観的な人たちなのだろうな、と思う。

だって、それは【ギャンブル】として長年成立しているものであり、どれほどに優れた考察をしようとも【必ずハズれることがある】を前提とされている媒体なのだから。
真理なのだ。
つまり、ある意味ではその予想に対してというよりも競馬そのものの真理に対して罵詈雑言を言っているように思えてしまう。言い換えれば「競馬はギャンブルじゃないはずだっ!」と文句を言っている、と極論することもできなくはないだろう。
まぁ、お金を支払ってその予想を買い、さらに馬券でもマイナスになるというダブルパンチをくらえば詐欺だ何だと文句を言いたくなる気持ちも分かるのだけれど。分かるのだけれど、ギャンブルなのだから自己責任なんだよ、でジ・エンド……あぁ世の中なぜこんなにもかなしみに満ち溢れているのだろうか、ですね。
こんな人たちに助言できることがあるとすれば、その情報発信元に対して、事前段階で冷静に分析し思考することくらいだろうか。その上でその予想を買う価値があると判断し、それで負けた場合は納得がいくのではないだろうか。無根拠に飛びついてしまったがゆえに、余計に腹が立つのだと思われるのだけれど、どうだろうか。

わかりません(( ゚Д゚)エーッ!)。

だって、楽して儲けたかったんだもの、という意見も多いんだもんね。事前調査するとか深慮するとか、そんな苦労をしてしまったら当初の楽して儲けたいという目的からして違ってくるもんね。楽しなくっちゃ。いやいや、ドツボですね。

僕も例にもれずいろいろなことに対して楽して儲けたい心意気の持ち主ですが、世知は激辛なものです。よーくわかっておりますとも。

情報商材と呼ばれるものの類は全て、その価値の事前見極めが大事な過程なのだ。【必勝法】と冠するものの中にももちろん価値あるものもある。でなければ、そのような商売はすでに消えてなくなっているはずだからである。ただその見極めは、競馬新聞を見てお気楽に予想するよりも難しいのかもしれないけれど。五里霧中……チーン……( ̄ー ̄)m

さて、競馬だけで言っても、長年必勝法は研究され、数えきれない天才的な識者たちによりプラス収支にする方法が考察され続けてきた。しかしそれでも今も何も変わることなく競馬は【ギャンブル】として成立しているのである。競馬がギャンブルとして存在している限り、今後も【必勝法】が生まれることは有り得ないのだろう。

【必勝法】とは、だから『ある特定の条件下かつ部分的に成立しているもの』と、ゆるゆる設定で理解しておくのが良いのだと思います♪

ちなみに、僕は毎回必勝の信念でもって馬券を買っていますが、競馬はギャンブルなのでハズします。悪いのは僕の買い方ではなくて、競馬がギャンブルであることだと思いマスッ(/ω\)ヤンッ♪ 

反省ゼロッ(≧◇≦)www

さて、この記事の最後に。
しかしながら狙い通り確実に儲ける人たちがいるのも確かな事実なのである。
彼らは予想という偶然ではなく、その賭け媒体を論理的に分解し必然的に儲けを出していたりする。そんなだから、いつどのタイミングで参加しようとも、プラス収支にしてのける。
たとえばカジノで有名なマーチンゲール法など、論理的に必ず儲かる仕組みである。
しかしながら、その方法をどれだけの人が同じようにできるのか、というのがポイントなのだ。一部の人たちが必然的に儲けを出す方法を、そのまま万人の必勝法とするにはかなり無理があるのだ。
有名なマーチンゲール法をはじめとして、いくら論理的に可能な方法であろうとも、それを実施することは多くの人にとって不可能なものばかりなのである。
頭の中ではマーチンゲール法はまさに金のなる木そのものなのだけれど、まさに絵に描いた餅なのである。多くの人にとっては儲けを出す前に、資金不足に陥って破綻する方法なのである。

ところで、八百長、というものも一部の人だけが儲けられるトリックなので必勝法としては認めません(笑) それ以前に、倫理的にダメっ!!
(2020.2.11-typewrite Nora)