光奇章乃氏、受賞す ~受賞の裏とか裏のお話~

創作談義/writing talk





光奇章乃氏、受賞す ~受賞する前のお話~

理由はどうあれ選ばれし者

『選ばれし者』といえば、学級の掃除当番とて先生が一応選んだのだから『選ばれし者』である。また、誰もやりたがらない体育祭実行委員の選出を免れようとして下を向いていたのに、先生の独断で適当に指名された地味目の山下くんもまた『選ばれし者』なのである。
かように光奇章乃氏も『選ばれし者』であった。
章乃氏は集英社主催の小説賞で受賞したのである。
光奇章乃といえば二万の筆名を持ち、本人もそのほとんどを覚えていないという逸話で有名である。当時は光奇章乃とは別の筆名を使っていた。
氏は自らの才能を分析するに、選ばれるほどの才能を有していないと思えた。ゆえに投稿者全員が受賞したくないから下を向いていて、しかし誰かは受賞させなければならない使命を背負っている編集部がくじ引きをして選んだのではないかとの疑惑を抱く。
しかし理由はどうであれ、受賞は受賞なのである。やったぜおらー!
授賞式の際、担当となる編集者が選出理由を簡単に語ってくれた。
「こんなエグめの作品を書く人がどんな人なのか見てみたかった」との声が編集部で上がっていたそうな。
確かに『竜頭』を心がけたその作品は冒頭から泥と血しぶきと少女の涙が飛び散っていたし、最後まで悲哀に満ちた世界観を崩さずに、小説らしい心情を描いた物語だったように思う。
受賞作に対する編集長のコメントがサイトに掲載されていたのだけれど、内容は以下の通り。
『作品の熱量は投稿作中随一。心理描写がすんごい。ただし、まだまだ内容が粗削りで手直しが必要』
みたいな感じだったと記憶している。
そんなわけで、編集部では「きっとこんなエグめの作品を書くような奴だから、キモチ悪くてドギツい人に違いない」という予想だったそうである。
そんな興味本位での受賞ならばいらない、とは言うまい。理由はなんだって良いのである。
そんなわけで、この記事では章乃氏の受賞の裏側ドキュメンタリーを披瀝しようと思います。
ではでは、どうぞお手柔らかに。

過去の栄光と言うが、過去以外の栄光なんてあんのかえ?

章乃氏は、ことあるごとに「あれはいつのことだったかのぅ……」と過去の栄光を思い出すフリをする。その心は自慢しようとする悪癖である。しかしながら、自慢ができるほどの権威ある賞ではない。ノーベル文学賞だったり江戸川乱歩賞ならば真っ先に言いふらすことだろう。道端ですれ違う野良犬にももれなく語って聞かせる心づもりがあった。しかし章乃氏が戴冠した賞はと言えば、規定文字数さえ満たしていれば運次第で誰にだって取れる賞だと思えているものだ。例えるならば町内会の一発芸大会で商品ゲッチュみたいなもの。氏がなぜ賞をそこまで低く見るのかと言えば、これは氏自らの名誉を犠牲にして論理的に導き出した答えである。
①章乃氏が受賞した
②章乃氏は低俗な奴である
③ゆえにその賞は低俗に違いない
こんなだから、章乃氏は自慢はすれども賞の名称は伏せたままである。
ここに「その受賞も嘘なんじゃないのか。だから名称が言えないんだ!」と、ご指摘される鋭い方がおられることだろう。
氏はこれに声を大にして反論する。
「ふざけるな貴様らっ。『受賞も嘘』の『も』ってどういうことだ、おい! なぜ他の数多ある嘘まで見抜いているのか天才かっ!」
章乃氏を非難する数多くの者たちの、その慧眼には感服するばかりなのだけれど、受賞は本当のことである。
信じてほしい。
とはいえ、嘘つきヤローの「信じてほしい」という発言ほど信じられないものはないとは思うから、まぁどっちでもいいです。
なぜならば、信じるか否かに関係なくこのお話は続けますから(笑)

章乃氏、かようにして受賞作を執筆す

その頃、氏は文章の内容については全く考えず、規定文字数さえ書ければイイと都合よく思っていた。
とりあえず小説新人賞なるものがあるらしいから、送ってみてから考えようの精神である。文字数を満たしていればどんな酷い作品であろうとも投稿することはルールの範囲なのである。
というわけで、章乃氏は何も考えずに適当に1行目をワードに打ち出してみた。その1行の意味が続くように、次の文章を付けたし付けたししていって、水増し文章をどんどん生産した。氏は学生時代にタイピングに嵌り、タイピング検定に参加するくらいだったからキーボードを激しく打つことに苦労はなかったのである。このスキルが大いに味方したと言える。
当然のように物語にはテーマもなければ舞台背景も行き当たりばったりである。書きながら「こういう時代にしようかな、じゃあ近代兵器は使えねぇじゃねぇかぃ」だとか「せっかくだから動物を増やしていこう」みたいにその場しのぎ的に考えていったわけである。
登場人物の名前ですらとりあえず『●●』と表記して書き進め、全体の文章が出来たあとから挿入するというくらい、行きあたりばったりであった。当然、どんな人物を何人物語に登場させるか、なんぞ事前に用意しているわけではないから、唐突に『★★』が出てきたり、『◆◆』が出てきたりやりたい放題だった。
かように、とにかく文字数稼ぎにばかり気がいっていたわけである。
今、思い返しても本当に酷い手法である。しかし、創作に対する信念はもちろんのこと、小さなこだわりすらもない状態で書いているがゆえか、物語の進行に詰まるようなことはなく次々に書けた。最終的に13万文字程度の物語になったのだけれど、1週間程度で書きあがっている。
この当時の章乃氏は『推敲』という作業についても良く知らなかった。
章乃氏にとって文章の提出とは夏休みの読書感想文や、卒業論文くらいである。どちらも原稿用紙の規定枚数さえ満たせればOKという風潮があったので、当然1度とて読み直すこともなく提出していたのだ。
そんな章乃氏にしては、この作品については1度くらいは全体を通して読み直したはずなので、まだマシであったと言えるのだけれど、やはり思い返せば酷すぎる!
こんなふうにして出来上がった長編を、応募締め切りが近い新人賞に送ったのであった。

どうせ1次審査も通らないだろうと思っていたので、その作品のことはすぐに忘れる

章乃氏は「どうせ1次すらも通らないだろう。これでもしも1次審査に通過でもしたら才能があるのではないか。もしもそうなったらちゃんと物語を組み立てて書こう。そしたら次に段階に進めるかもしれない」的なことを浅はかにも考えていた。
思えば、傲慢なのか謙虚なのかよくわからない。攻めてるのか守ってるのかよくわからない妙なスタンスである。
ただ勢いはあったのだろう。
その作品を投稿してから、すぐに次の作品、次の作品と書き上げ、ほぼ同時期に3社に作品を応募している。
そうして数か月後3社3作品が最終審査に残ったのである。
筆名は全て別々にしてあった。
登場人物の名前も決められないのだから、自分の筆名も決められるはずがなかったのだ。『自分の名前はこれだっ!』という思いつきがなかったから、出版社に作品を送付するときに適当に割り当てていた感じである。
普通は最終審査に残るなんて1作もないことがほとんどである。運が良くて1つ。それがなんと3つもあるのだ。
章乃氏としては1次審査を通る才能があるのかどうかを試す程度の気持ちであったため、その反動でもう一瞬にして有頂天である。
『全部同時に受賞なんて、そそそ、そんなうまい話があり得ないことくらいはわかっているさ自分。し、しかしだよ、3つもあれば1つくらいは受賞してもいいnじゃないかな自分』と謙虚になるべきだと戒めつつ、章乃氏は『小説新人賞 複数同時受賞者 あり得る』というワードをネットで調べていたりしたのだからまんざらでもない。こうして我をあっさりと失い、欲がすっかり芽生えたのであった。ふははははは。

欲が芽生えることで、同時に後悔が生まれることとなった

突如、想定できていない幸運に巡り合うと有頂天になるのと同時に、焦りのようなものを感じた。
というのも新人賞に投稿するという行為を行っている以上、いつかは受賞できれば良いのにという可能性を感じていればこそであり、不可能だとは思っていないということなのである。ただし、それは今回の投稿ではなくもっと先の成長後の話だというくらいにしか思っていなかったわけである。
つまり、今回の幸運で想定の時間軸が大幅にズレて、前倒しになって襲い掛かってきたと言えるわけである。
そんなわけで、最終選考に残ったというマイニュースを受けた僕は、『こんなことならばもっとちゃんと物語を作り込んで推敲をしておくべきだった』と思ったのである。
思うに、多くの人がチャンスが到来したときにこそ後悔するのではなかろうか。喜ばしい事態であるはずなのに、である。
これは、次のような心理メカニズムがあるからのように思う。
夢や理想はあるけれど、その想像図に対して普段は『自分に限ってそんな幸運には巡り合うはずがない』と希望薄な気持ちでいる。だから頭の中で思い描くその想像図に対してリアルなイメージがわかない。それこそまだ夢物語なのだ。だから、その想像図が実際に型を成すその時のための事前準備をしておけないのである。たとえばものすごい難関の国家資格受験などは、合格した先にある未来図を想像しやすい。しかしさすがは難関であり、かなり前からコツコツと勉強を積み重ねておかねばとてもではないけれど合格はできない。つい勉強をサボってしまい、受験間際になってもっとちゃんとやっておけば良かったと焦りだす。受験は要件さえ満たしていれば受けられるから、これを幸運とするかどうかは別として、今回の僕の最終選考も受験に似た物のように思える。
また長年恋人募集中の男がいたとしよう。いっこうにできない恋人。自分に恋人を作ることは不可能とまでは思えないけれど、まだ出会いもなく先になることだろう。男はそんな満たされない心を満たすために、仕事をサボる、無駄に買物をするなどして過ごしていた。ところで、想定していない出会いがありとても可愛らしい女性と接する天機を得た。会話している感触は悪くない。ここが勝負所(幸運)だと思ったところで男は同時に大きな後悔するのである。仕事をサボっていたから誇れる仕事をしていない、そしてお金もない。こんなのでどうしてその女性を誘えるというのだろうか、と。怖気づいた男は以降、積極性を失ってしまうのであった。
とまぁ、いざ想像図に近い状態に鉢合わせたときすでに遅し、というパターンである。今はその時ではない、あるいはまだだいぶ先と思えている時こそが、準備ができる唯一の時間であるということなのでしょうなぁ。
話を戻すとして。
とはいえ、すでに文章は提出後なのだからどうしようもないのも事実である。
そんなわけで、僕は即座に思考を転換を計った。
確率は関係ないのだけれど『3分の1なのだから1つくらいは選考委員の手違いで選ばれることがあるに違いない』というところで神頼み的な気持ちになることにしたわけである。
この見事な意識転換のおかげで、僕は『受賞連絡は今日かな明日かな? まだかまだかなまだかな?』とソワソワしながら毎日をすごすことになったのである。
今思い返せば、楽観的というか、なんとも幸せ者な奴だなぁと他人のように思えますです、はい。

いつまで経っても音沙汰なし

かなりの期間ソワソワさせられ、ついぞ音沙汰なしだった僕は「あぁやっぱり駄目だったんだ。そりゃあそうだ」と諦めることにした。
僕にも生活がある。その生活は『出版社から小説執筆を依頼をされる』という事のない生活である。当然、何らかの小説賞的トピックがない限り、四六時中選考のことが頭から離れないなんて事態にはならない。またこの時は次の新人賞に応募する予定もなかったし、執筆作業もしていなかった。そうなると、最終選考に残った、という事実は過去の産物になる。
そうして忘れた頃に、知らない番号から電話がかかってきた。
僕は完全に無防備状態だったのだ。
どうせ何かの営業だろう、としか思わなかった。
面倒だなと思いつつも、もしも電話番号を変えた知人友人の誰かの可能性もあるため、電話に出ることにした。
いかにせよ営業の電話ならば即座に断れるよう不信感あらわな雰囲気の声で出ることにした。こちらの「もしもし」が明るければ、営業心理的には少なからず勢いが生まれるからである。
通話ボタンを押した僕は「はい」という言葉を「んぁい?」と聞こえるような感じで気だるそうにした。
「んぁい?」
「〇〇社です」
相手は男であり、丁寧であった。であればこそやはり営業かぁと思ってしまう。それに『〇〇』のところが良く聞こえず『社』だけはちゃんと耳に残っていたのである。それもあって僕は続ける言葉も気だるそうな感じを継続してしまう。
「はぁ?」
まるで溜息のようでもあったろう。
僕がそんな反応だったからか、相手の声の活舌が良くなった。
「集英社編集部ですが、〇〇さんでよろしかったですか?」
と。
さすがにはっきりと聞こえた。であればこそすぐに認識できなくなった。「……シウエイシヤ?」「……ハテ?」
営業の電話はたいてい聞いたこともない会社名が名乗られる。であればこそ逆に知っている会社名を名乗られると「あれ、なんか契約してたっけ?」「なんか関わりあったっけ?」と自分のそれまでの行動を回顧する頭に切り替わる。
シウエイシャ、しゅうえいしゃ、集英社!
すっかり頭のすみっこに追いやられていた記憶が、一瞬にして一気に中心へと返り咲く。
僕の態度は急転コロリである。
「ハ、ハイッ。そうでござーますヨっ!!」
電話であるというのに、背筋を伸ばし、敬礼の心意気である。
その電話では、受賞したこと、担当となる編集者が電話をかけてくれた当人であること、受賞作についての簡単な感想や今後の予定などを伝えられた。その電話を切ったあとすぐにメールを送るから、今後はメールで連絡事項は送りますとのこと。電話を切ったらすぐに挨拶のメールがきたので、丁寧に返信をしておいた。
それからはメールが来るのを待つのが日課となった。
メールは約一カ月ほどこなかった。
さすがに忘れられているのではなかろうか。
否、相手はメールを送ってくれたけれど何らかの理由で届かなかった。当然、相手は僕が受け取っているものと思うわけだから、リプライしなければ無視である。つまり僕の知らぬところですでにボイコットされたことになって、すでに授賞式は終わっているのではなかろうか。
そんなふうに思い始めると、ソワソワ焦りが生じる。
こちらから一報入れるべきか。否、それはさすがに催促しているようにならないか。などといろいろ葛藤しながら、結局僕は何もせずメールフォルダーを開く毎日を送っていた。そうしているとどうせ今日も来てないんだろうという気持ちでフォルダーを開く。と、待ち望んだ相手のメールが表示されたときは、受賞を伝えられたときよりよっぽど嬉しかった。
メールには授賞式の日程や場所、その他必要事項などが書かれていた。
そんなこんなで、ようやく僕は受賞式を迎えるのであるが、その授賞式は一カ月後なのである。

授賞式までの1カ月の価値

さて、授賞式の日程を知ってから、その時までまたしばし時間がある。
こんな時、若輩たる章乃氏は『当日必要なものは何か? 万全とはなんぞ?』という邪推をゆめゆめほとばしらせるのである。
編集者はもしかしたら、当日、受賞作の続編について聞いてくるかもしれない。
編集者はもしかしたら、当日、受賞作以外の文章も読んでみたいと言い出すかもしれない。
編集者はもしかしたら、当日、受賞作以外にどれほどの作品ストックがあるか知りたいと言うかもしれない。
編集者はもしかしたら、当日、短編も書けるのかどうか問うてくるかもしれない。
などなど。
これらの想定をさらに超えた完璧の対策を施した状態で当日を迎えられれば、良い意味でインパクトを与えられるだろう、と妄想したのである。
これは本当に愚かなことであった。
しかしこれも仕方のないことなのである。なぜならば章乃氏は愚か者だからである。
そう、愚か者。
かつ、怠け者。
1カ月という限られた時間の中で、受賞作続編、受賞作以外の長編とそのストック、短編、さらにプラスアルファの文章の用意が必要なのだ。最低でも40万文字程度の文章を書かなければならないという計算になる。
しかもこれまでとは違い、編集者に読まれるという意識をリアルに抱きながら書かねばならないのだ。
そんなもの、筆が進むはずがなかろうもんっ!!
筆が進まないことを誤魔化すかのように僕はゲームをしたり、友達とご飯に行ったりするなど豪遊にいそしんだ。
楽しい時はあっという間にすぎ行くの法則に従い、気づけばもう残された時間はわずかになっていた。
その残された時間にゲームの続きを多少やりつつ、できることは何かと構想を再編成した。そういうところにだけは並々ならぬ集中力が発揮される。
結局、その1カ月でできたのは受賞作の続編途中までと短編1つくらいのものであった。しかも、できたものと言えば水増し文章作成術満載&ゼロ推敲のズサンなものである。
そんなものをプロの編集者に見せられるはずがないっ!
そんなものを見せでもすれば、この人はこの程度の文章が限界の人なのだなとマイナスイメージで固定されてしまいかねない。
という気持ちでいながらも「せっかくできたんだしもったいない」とその文章データをUSBメモリに保存し、一応荷物に紛れ込ませておくのである。
愚か魂は至る所に健在の章乃氏であった。

 

光奇章乃氏、受賞す ~授賞式当日のお話~

なんと、氏は伝説の武器を持ち合わせていた!

受賞式は、帝国ホテルの大宴会ホールを一日中貸し切って行われるはずはなく、社内で行われる些細なものとのこと。正装の必要がなく、ゆえに大仏の着ぐるみで行っても良いらしい。しかし章乃氏にその勇気なく面白みのない普段着で行くことにした。
1泊の予定で、特に持ち物の指定もない。本当に要望は何もなく、ただ社に来てくれればそれで良いというものであった。あまりにも要望がないものだから、なおのこと『どんな準備をしてくるかで今後の作家性がわかる』という心理テストをされているような気がしないでもない。
ならばと妄想を炸裂させた章乃氏は編集者に何を求められようとも、その全てに応えてやるとばかりに、ノートパソコンやら好みの本やらその部署が発行している本やらをキャリーバッグに詰め込んだ。いったい何泊するんだかという大荷物になった。そこだけ切り取ればものすごい意気込みである。しかし中身は怠惰な1カ月を過ごしてしまった薄っぺらさ満載のお荷物なのであった。
前日からなぜか睡眠障害に陥ってしまった章乃氏は徹夜で家を出ることに。
新幹線で東京へと向かう。
東京駅は迷路のようで地方人には攻略難易度が高いと聞く。しかしながら人間一人が感じられる空間認識は東京だからといって変わるものではない。大阪駅でややこしいなぁ人いっぱいだなぁと感じるのと大差ないのである。自分の目に届く範囲に違いはないのだ。だから問題はない。普段通り冷静に迷子になりました。焦ったぁ~。
駅員さんやコンビニ店員さんなどにウインクなどをし急場を凌いでいると、気づけば氏は背の高いビルの前にいたのである。
運良く、そこは指定された集英社のビルで間違いないようだった。
見上げると、空の上まで突き抜けているのではないかと思えるほどの高層ビルに感じられた(※真下から見上げるとたいていのビルはそう感じられる)。
とてもキレイなビルだった。見慣れている人にはありふれた建造物なのだろうけれど、地方人の氏には未来的建造物であるかのように感じられる。ビルの壁が太陽の光を反射し、その輝きが超合金ダイヤモンドコーティングをされているかのようであった。それは威厳と威圧感を放出しているかのように感じられ、氏はさらに怖気づいた。『ちょっと場違いなところに来ちゃったかなぁ』と。
それはまるでラスボスがいるダンジョンであり、そこに高層階に至るまでは魔の巣窟になっているという妄想が迸る。たいていラスボスがいるダンジョンに入るときには、伝説級の剣や防具を身に着けているものである。あろうことか氏は剣も防具も準備していなかった。氏が持っているものはと言えば怠惰な日常の中で突貫仕上げをした長編小説と短編小説の迷文原稿のみである。そこで氏は「はっ!」とこのゲームの本質に気づく。ここは出版社ビルという名のダンジョンであり、当然そこにいるラスボスは編集者である。もしも『名文』を渡しでもすればラスボスは大喜びしてしまうところである。では、編集者に一番打撃を与える武器はなんだと問われれば、そう『駄文』である。なんと氏は知らず知らずのうちにラスボス編集者の弱点である『伝説の駄文』を準備してきていたのである。怪我の功名、棚から牡丹餅、章乃の迷文。
これはむしろ勝てるぞよ、と思い直した氏は意気揚々と自動扉を開き魔の巣窟に足を踏み入れることにした。すると、一瞬にして壮大なファンタジー妄想が霧散した。どうということはない、一般的な配置の綺麗めオフィスビルであったからである。ま、当たり前なんだけどね。
ハイ。
メールで案内されていた通り、氏は受付で入館手続きを済ませる。来客者用のバッジをキラリーンと胸につけ、教えてもらった部屋へと向かうことに。熟練の警備員さんの手招きに従い、エレベーターではるか高みへと向かう。
待機する場所は、空いている小さな会議室であった。そこの椅子に座ってひとり待つこととなったわけである。
しばらくすると扉が開き、男が颯爽と入ってきた。
その者も僕と同じ受賞者のひとりであるという可能性も考えられる。しかし一瞬とてそう思うことはなかった。
なぜならば……ストライプ柄のスーツというだけで高いプライドが感じられる。髪はシティボーイ感バリバリのオシャレパーマである。その姿のまま結婚式に参加しても違和感などありはしない。
氏は直感的に、間違いなく編集者なのだろうなと思った。
緊張が高まり、小さな会議室がさらに小さくなったように感じられる。
その空間は一瞬にして、エリート街道臭で満ち満ちる。
彼こそが天下は集英社の編集者、のちに僕の担当となり、罵詈雑言の限りを尽くし『小説とはなんたるか』の基礎を教えてくれるその人だったのである。

 

(続く~更新お待ちあれ~)

copywrite by Akino Mitsuki



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